さきほど魔術師さんが唱えていた呪文は”援軍”のようです。
城に常備されている”軍”を送り出す呪文です。

ギャァギャァ、烏の壊れた玩具みたいな鳥は怪鳥。知性が少なく獰猛な鳥さんです。
小さい頃から飼い慣らせば良いので飼育は楽です。
この鳥さんは主に肉食なので油断したら生きている人も食べてしまいます。

怪鳥の背に乗っているのは、どうやら奴隷戦士と普通の戦士・・・傭兵の方が半数ですか・・・
数がどんどん増えているので取り囲まれそうです。

運悪く、扉に気づいた魔術師さんがいらっしゃるようで
扉の周りには傭兵さんが怪鳥から飛び降り、私たちが入れないように武器を構えています。

ひらり、とファルコンさんがよけました。

下から魔術師さんが攻撃呪文を撃っていようです。
悠長に構えている時間はないですね。

「ぎャァ!」

奇声を上げて怪鳥が突進してきました。
乗っている傭兵さんが鈍器を振り上げて殴りかかってきます。
ファルコンさんは紙一重でそれを避けましたが、・・・・振り落とされるかと思いました。

『だぁぁぁ!鬱陶しい!こうなれば一斉に叩き潰す!!』

もともと、この方は短気なほうなのでキレるのはすぐでした。
ファルコンさんが力を使おうと上空に向かいます。それを怪鳥達が追ってきます。

不意に胸騒ぎを感じました。

黄色い雲が上空に見え隠れしてきますし、同時に妙な空気があたりに立ち込めました。

あれは・・・”霧の悪魔の迷い道”

「ファルコンさん!!止まってーーー!!!」

『!?』

叫んだのですが、遅かったようです。
ファルコンさんは急ブレーキをかけるように翼を広げ空気抵抗をかけたのですが

『しま・・・!?』

黄色い雲の中に突入してしまいました。







黄色い雲は幕のようでした。
この場所は”霧の悪魔の迷い道”と呼ばれる霧状の悪魔の棲家です。
見て判るとおり、雲のように上空を漂っていますが、時折餌を求めて地上に霧として降り立ち
人や獣を迷い込ませ、餓死など命を落とさせてからその魂を喰らうといわれています。

一度迷い込めば二度と抜けることは出来ない。
そう言い伝えられている場所でもありますし、望む場所へ導く、そう言い伝えられている場所でもあります。

『俺としたことが・・・巣に入り込むなんてな』

限りなく小さな声で呟きました。
私も同意します。

「ちょっと失敗しましたね」

『アホ!ちょっとどころじゃない!!
”姿を幾重にも変えられ、迷い込む者を迷路へ誘う場所
迷いし者は出口にたどり着くことが出来ず、死後、悪魔の餌となる
悪魔に姿を見せるべからず
悪魔に声を聞かせるべからず
生きて出口を求むなら
決して姿を見せることなく、声を聞かせることもない
それですら餌となる運命を抜け出せない”だ。
クソ、このままこっそりと出口を探すぞ』

焦っていますが、ちょっと遅かったように思います。
遠く離れた雲が徐々に黒く染まっていきます。
まるで人の姿を形どった雲がのそっとファルコンさんの飛ぶ横にパノラマのように写ります。

雲の隙間から零れてくる光が、まるで目のようでした。
こちらをじろっと見て、にやっと口元部分の雲にも切れ目が入りました。

一応、お知らせしておきます。

「ファルコンさん、残念ながら見つかってしまったようですよ?」


















『なに!?』

ビクっと怯え体が震えたのが伝わりました。
この悪魔は”死”をもたらします。
”死”はいくら聖獣の力をもってしても抗うことが出来ません。
だから、彼は怯えたのだと思います。

『しまった。全速力で振り切るぞ!!』

「いいえ、今しばらく待って下さい」

力強く羽ばたこうとしましたが、咄嗟に止めました。
このまま無意味に飛び続けても体力を削るだけで意味がありません。

『このまま喰われちまってもいーのか!?魔女を餌に置いて逃げるぞ!!』

「ああ、それは勘弁してください!ですが、出口を見つけない限り悪魔さんから逃げることは出来ません」

『逃げながら見つける!』

「無理です。出口を・・・」

『やかましい!!逃げるんだよ!!』

喋っている途中で、ファルコンさんがこちらを向きました。
顔半分しか見えていませんが、怯えと苛立ちが伺えます。

私はよしよしとファルコンさんの頭を撫でました。

『な!?』

鳩が豆鉄砲を受けたような意外な表情を浮かべます。
出来る限り落ち着かせるために柔らかく微笑むことにしました。

「出口を知ってから逃げても十分間に合います。
ファルコンさん、混乱して自暴自棄になってしまったら悪魔さんの思う壺ですよ?
出口までの道筋を”理解”しますから、もう少し待って下さい。必ず、ここから出られます。
私は魔女ですが、信じてもらえますか?」

『・・・・・・・・・!!??』

ファルコンさんはパクパク口を動かしながらギョロリとした目をこちらに向けました。
返事を聞く前に、黒い雲に視線を向けます。
大分近づいてきましたが、ある距離になると止まったようです。

黒い雲さん・・・悪魔さんは私達を見据えて目を細めました。

【今日はやけニ餌が迷い込ムなぁ。あちらハ怪鳥デ、こちラは年端もいかぬ娘と獣か。
ヤヤ、愉快愉快。さぁ、私と追いかけっコをしようか?
法則ハ知ってルな?おまえたちガここから抜ケ出せばおまえたちの勝チ。
捕まれば勿論私が美味しク頂いてヤろう】

さも楽しそうに笑う悪魔さんに、私は普通に声をかけました。

「こんにちは、悪魔さん。なら、私たちが出口を決めてもよろしいでしょうか?」

【・・・・・・!?】

『・・・!!!ば、馬鹿者がーー!!自分から声をかけてどーするんだぁぁぁぁ!!!』

両手足をじたばたするのはファルコンさん。
一方の悪魔さんは呼びかけられるとは思っていなかったのでしょうか?
キョトンと眼を真ん丸くして、少し間をあけて聞き返されました。

【肝が据わった娘ヨ。呼びかけられたのは何百年ぶリだなぁ】

黒い雲さんが目を細めて笑い出しました。
低音の音楽器が奏でている響きが雲全体に広がります。

【それで、オまえが出口を決められると思ウノか?】

「はい。追いかけっこをするのなら、ゴールを・・・つまり終わりを決めなければ始まりません。
その終わりを決めたいのです。私たちの出口は・・・魔女とファルコンさんの出口は
”彼方へ戻る扉の直前”までにしたいと思います」

【ヌ・・・・・】

「・・・・・」

悪魔さんの目をじっと見つめました。
その目の奥へ意識を集中させます。

ワサワサと心がざわめくのを感じます。

その中で鬱蒼と広がる雲の迷路

その一つに光が差すのが見えました

光を逆に辿って
入り組んだ雲の壁を何度も何度も何度も何度も

右折左折上下へ逆戻りして



【魔女メ!!!】




私たちの居る場所へと辿りつきました。




大気を震わすほどの怒涛の叫びに、私の意識が覚醒しました。
一瞬の出来事でしたが、しっかり記憶にあります。

「ファルコンさん!羽ばたいてください!出口がわかりました」

『へ?あ?』

【喰ッテヤル!!!おまえらミンナ喰ってヤル!!】

黒い雲の内部から黒い蛇のような靄が雪崩のように押し寄せてきています。

『うげ!あれなんだ!?』

「急いで!右に飛んでください!!」

ファルコンさんは私の剣幕にびっくりしたような表情になりながら力強く羽ばたきはじめました。
飛びながら彼は説明を求めます。

『あ、あれはなんだ!?』

「悪魔さんの口です。出口を通るとき迷って引き返したら即パクリと食べてしまう雲さんです。
時速もあるので優雅に飛んでいたらあっという間に追いつかれてパクリといかれます。
あの雲さんたちは探す者の最高時速を計算してそれにあわせて追いかけてくる賢い雲さんです。
簡単に説明するなら、
あれに追いつかれずに全速力で飛びながら迂回することなく出口へ飛び込むという事ですね」

『無理いうなーーー!!!』

目の前には歪む雲の幕がところ狭しと入り組んでいます。
あそこへ針の糸のようにグネグネ曲がらなければなりません。器用な方でないと無理ですね。

「そこ右です、次は左、上、上」

声にあわせてファルコンさんは器用に動いてくれます。雲の壁にぶつかりそうになりますが
何とか回避し、間違わずに飛んでくれるのです。
ですが、どうやっても”解っていない”ので時速は落ちます。

後方から悪魔の声が聞こえます。

【ぎゃははははハはははははハははは!!
愚か者、愚か者魔女!そヤつが振り落としデもすれば即刻私に喰われる。
本当ニ?本当にそやツが魔女を乗セて彼方へ連れテ行くと思っていルのか?
なぁ。勇敢なる空ヨ】

ファルコンさんの体がビクっと震えました。
体が熱を持ったように熱く、怒りをもっているようです。

『黙れ・・・』

悪魔さんの蛇が大きく膨らんで口をカッと開いています。

【私ニハ判る。勇敢なる空ハ魔女ニよって一度殺されタ!
それにコリず、果ては魔女ヲ背に乗せ、奴隷のように飛んでいルではないか!
ああ、可笑しい可笑しい!!】

『・・・・!!!黙れ!!』

【獣にハ、出口は見えまイ。おまえは魔女に騙されテいるのダ!
そっちへ行ってモ無駄ダ!やがて力尽きテ朽ち果てル!
ああ、愉快ダ愉快ダ!】

不気味に笑う雲がどんどんスピードをあげて迫ってきています。
このままでは追いつかれてしまいます。
出口までの景色を直接ファルコンさんの目に写してみましょうか?
いきなりだと驚かれるので本人に確認してみようと声をかけました。

「ファルコンさん・・・あの・・・」

『魔女。本当に出口はこっちで良いんだよな?』

「はい」

『本当に、この道で良いんだよな??』

「はい。今から映像を送ります」

ファルコンさんの頭に手を置きながら、私は瞬き一つせず先を見据えました。

「ちょっと二重になるかもしれませんが・・・・・どうでしょう?」

恐る恐る聞き返すとファルコンさんは高揚しながら答えました。

『ああ!出口が見えた!!』

ギュウっと速度がぐんぐん上がっていくのが判ります。息をしづらいです。
迷うことなくスイスイ雲の隙間を飛びぬけます。
どうやら成功したようですが、こちらは目に痛いです。

ともあれ、うまくいってよかったです。













光が飛び込んできて
目の前に扉が見えたと思ったら

その勢いのままスッと引き込まれました。

ぼやける様に傭兵達の姿がありましたが
どんな表情なのか?
それよりも何人いるのかすら、理解できませんでした。




気がつけば、扉の中を通っていました。







「はぁ。凄いです。あれだけあった距離を一瞬で引き離すなんて・・・
無事逃がして頂いてありがとうございます」

『聞いてもいいか?
何故おまえは出口を知ることが出来たんだ?はじめから知っていたのか?』

若干の怒気を感じますが、何故でしょう?
ともかく質問にはちゃんと答えることにしましょう。

「ああ、それはですね。
あの霧の中で話すな見つかるなと言い伝えられているのは悪魔さんが迷い込んだ者の心を読むからです。
心を読まれれば逃げ方が向こうに筒抜けになってしまうので追いつかれて食べられます。
ですが、逆に、悪魔さんが心を読んでいるときは意識が繋がっている状況なので
もしかしたら、出口を言えばそこを浮かばせるかな?と仮説を立ててやってみました」

『ちょっとまて。仮説?』

あ、口が滑りました。
咄嗟に口を押さえてします。見えないので押さえても意味がないのでしょうが・・・

『仮説で、あそこまでやったのか?』

「あ、それは・・・そのぉ・・・・・・・・・・・・・・」

咄嗟の誤魔化す言葉が出てこないので語尾が濁っていきます。
肯定しているようなものですね。
扉の向こうに到着したら落とされるかもしれません。

『・・・・・・』

ファルコンさんの体が小刻みに震えています。
い、怒りでしょうか??着いてすぐに殺されるかもしれません!
ど、どうしましょう・・・

誠心誠意を持って謝るしかないとすぐに結論付けました。

「あの、ご・・・」

『――っ、ハハハハハハハハハハハ!!』

ファルコンさんの体が大きくのけぞり、まるで馬がヒヒーンと鳴く動きをしました。
危うく落ちかけてしまい慌ててしがみつきます。
危なかったです。心臓の動悸が耳に響きます。
体勢を立て直すと、何故か機嫌の良くなったファルコンさんに呼びかけられました。

『魔女!おまえは魔女だが、俺は気に入った!
悪魔とのやり取りといい、俺を丸め込むといい!面白い!』

「はぁ、ありがとうございます。あと、仮説で動いてしまい、すいませんでした」

謝るのと同時に、扉から抜け出しました。
やはり地面で、しかも目撃者もたくさんいましたが、声をかける前にファルコンさんがギィウっと
音を立てながら上空に上ります。ビルの町並みが、夜の明かりで煌々と輝いています。

・・・・・えーと

今、何時なんでしょうか・・・


『構わない構わない。それよりもこれからどうすればいい?彼方には初めてきたのだが・・・。
なんだ?この星のような輝きと羽虫の大群のような喧騒は??』

「そうですね・・・まず・・・」

一通り早口で説明しながら適当な・・・佐鳥さんの喫茶店近くの公園に降り立ちました。
幸い人が居なかったので助かりましたが、時計を見るとすでに19時を超えています。
また、叱られます。

一抹の不安はありましたが、ファルコンさんに喫茶店の場所を示して、駆け足でその場を去りました。

「あ・・・でも」

駅について気づいてのですが、あの姿で大騒ぎが起こるのではないでしょうか?
そういえば、ユニコーンさんは今どうしているのでしょう・・・?
多分、何とかなるでしょう。うん、きっと・・・・そう願っておきます。


無事、皆さんと合流することができると良いのですが・・・
























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