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お、お二人で馬車をあれほどボロボロにするなんて・・・
本当に杞憂でした。
「それで、わざわざどうした?何かあったのか?」
隆正さんが馬車から視線を外してこちらを向きました。
今だに呆けていたので若干言葉が上ずっていましたが、何とか受け答えします。
「ええと、こちらに王の右腕さんがやってきたので
もしかしたら左腕さんもやってきているのではないかと思い…
一番近い場所へ様子を見に来たのですけど・・・」
隆正さんは少し考えて…
「右腕?左腕?」
聞き返してきました。
「え?ご存知ありませんか?」
お聞きすると、頭を傾げたり考え込んでいましたが
「レジョンジー=ヴァドスの記憶にはないな・・・
こいつが死んでからそう呼ばれたんじゃないか?」
「ええ…っと…」
ちょっと嫌ですけど魔女の記憶を辿ります。
「そー…ですね。レジョンジーさんがお亡くなりになった後、
その亡骸で彼女に奴隷戦士の作成方法を再指導していた記憶があります。
まだ、王の右腕と呼ばれる少し前でしょう…」
「なら、そう呼ばれる前はなんて?」
「本名はセフィーニー=リーム。魔女の使い魔・・・」
「あー…それなら聞いたことある…か。ということは、左腕ってのは
モルだな。あのいけ好かない生真面目術師」
レジョンジーの時に何かあったのでしょうか?
少しだけ隆正さんの表情が曇りました。
「ご存知で?」
「傭兵時代にちょっと一悶着あってな…
まぁ、そのおかげでロゼット…隊長に引き抜かれたから
災い転じて…なパターンだけど」
「そうですか。彼も少し特殊な魔術を扱うので…」
本当に、何も無くて良かったです。
「ま、こっちの方が不利なのは解ってる。ほどほどにしたらすぐに逃げるさ。
言っちゃ悪いが、相手をどうこうしようなんて思ってない。
こっちの生活を引っ掻き回さないで欲しいっていう、意思表示だ」
「ええ、私も似たようなものです。」
こちらを見て、隆正さんが少し目を細めました。
「うん。その方がいいな、魔女」
「はい?」
「子供はもっと笑ってなきゃ、な。いつもあまり元気ないから気になってた」
「・・・」
ええと…笑っていましたか。
そのまま目線を下に向けてしまいます。
「問題は、あいつだな。下手をしたら討ち取りかねない」
ハッとして顔を上げると、ユニコーンさんの大きな顔が目に飛び込んできました。
私をちょっと見てから隆正さんに向き直ります。
『タカマサ?』
「あ、いや。なんでもない」
失言とばかりに言葉を濁します。
少し気になりましたが、聞き返さないでおきましょう。
『そっちの話が終わったなら、集合場所へ戻るか。今なら俺が送ってってやるぞ?』
ファルコンさんがずいっとやってきて言います。
しかし、この後寄る所があるので断りました。皆さん怪訝そうな顔をされたので
地図を取り出し海岸を示しました。
皆さん、示した場所を覗き込みます。断崖絶壁の海岸です。
「ここへちょっと寄りますので、皆さんお先に戻っておいてください」
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『ここは!?』
『え!ここ!?』
ファルコンさんとユニコーンさんは同時に驚きの声を上げました。
彼らもご存知なのでしょうか?
ここがクァトルを祭る祠だということを…
『ま、魔女!?イキナリ確信に向かうのか!?』
「はい。その方がわかりやすいですし…」
『ええ!?なんかあったの!?』
ユニコーンさんがオロオロしながらファルコンさんと私を見やります。
隆正さんだけきょとんとしながら話を聞いています。
『あいつの性格知ってていってるのか!?自殺行為だぞ!?』
『そ、そこまで酷いことあったの!?ねぇねぇファルコン!』
「あ、あの〜?落ち着いてください」
弱りました。ファルコンさんは興奮していて話を聞いてくれそうにないですし
ユニコーンさんはファルコンさんの取り乱しに輪をかけて取り乱しそうです。
途方にくれていると隆正さんがポンと肩を叩きました。
「イマイチ良く解らんが、今すぐ確かめたいことか?」
「ええ、その方が対策が取りやすいですし…」
「一人で行くのか?」
「はい。その方が動きやすいですし…」
少しだけ間が空いて
「んー。なら行ってこい」
『はぁ!?隆正、魔女が行くとこどんな場所か知ってんのか!?』
「いや、知らない」
さ、さらりと言ってます。
言いながら私の頭を撫でています。小動物扱いのような気がしますが・・・
「でも、魔女はお前らの封印一人で解いて回ったし
あいつと違って絶対に無茶をしそうにないから、その分大丈夫だと思うぞ」
ぐ。とファルコンさんが言葉に詰まりました。
「ただし、一つだけ言っとくぞ。魔女」
「あ、はい。なんでしょう」
「集合時間、午後6時までにはちゃんと戻ること。
あいつ…修一は時間にとても五月蝿いからな。団体行動中に
単独行動取ったって知ったらかなり怒る。その時間を過ぎると…」
「ううう…」
罵声が飛んできます。幻聴が…
「はい。必ずその時間までに戻ります。では!!」
時間が惜しいので転送を使うことにしましょう。
聖獣には、いわゆる縄張りがあります。
四聖獣はそれぞれ
風は渓谷
大地は草原
火は聳え立つ山脈
水は川や湖
そこをテリトリーとして行きかいます。
そのテリトリー内に暮らす民族がそれぞれ聖獣の一人を神として祭ります。
小さな村が点々とありますが
クァトルだけが少し別格です。
聖獣の中の邪獣
そう呼ばれて忌み嫌われています。
クァトルを祭る民族も一つあれば良い方でしょうし、ポピュラーな名前では在りません。
魔術に関係するもの以外、その名を知らないでしょう。
それは何故か?
答えは簡単です。
常に正しいことを求めて旅をする光の聖獣ですから
人は時々、些細なことでも魔がさすことがあります
その聖獣はそれすらも罰します。
ですから、邪悪とも、呼ばれるのです。
転送、空間移動…奴隷戦士を送り込む術もクァトルから借りている力です。
この力は強大で、コントロールが難しく、失敗が多い魔術です。
黒い雷、それはクァトルの力を攻撃用にアレンジしたもので発端は
やはり魔女の一族です。
この雷は”不要な物”と術者が思う部分が消えてしまう…恐ろしい術です。
この術を発動させるには条件があり、その条件とは―――
「ここですね」
海岸がパノラマの様に広がって、とても綺麗な景色です。
その一角にぽっかりと小さな洞穴があります。
この中が、クァトルの祭られた…魔女の一族が遠い昔に作った場所です。
人の出入りは全くといっていいほどないでしょう
あるとするなら…
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ある、というどころではなく、数人が出入りした痕跡がありありと残っています。
この中は風通しが悪いので中々足跡が消えませんので
昔のか最近のかは良く解りませんが、確かに誰かこの中へ入ってきたようです。
ずっとずっと奥へ進みます。
誰もいないと思うのですが、念のため灯りをつけずに壁に手をつけたままゆっくり歩くことにしました。
真っ暗です。
「・・・・・・」
小さな灯りだけつけましょう
何も見えません…
一番奥まできました。
ここで灯りを少しだけ強めます。
古いつくりの豪華な祭壇が目に入りますが、像の置かれていた部分が綺麗になくなっています。
「やはり…」
像を移動させ、祭ったようです。
祭壇の近くまで歩こうとして、コンと何か蹴ってしまいました。
なんでしょう…
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急いで戻ると皆さんお待ちでした。
「魔女ちゃーん!ギリギリセーーフ!!」
「あはは。間に合いましたか」
手を振りながら駆け寄ってきたのは友恵さんです。
今いらっしゃる方は友恵さんと隆正さんと修一さん、竜司さん、ユニコーンさんです。
聖獣の姿はありません。ファルコンさんはまた飛び去ったと思います。
「遅かったね。大丈夫だった?」
「はい、大丈夫です」
「そのようだな」
「はい」
二人とも心配してくださったようで、なんだか嬉しく思えます。
そして視線を後ろにいる二人に向けます。
目が合うと、竜司さんはギクっと顔を強張らせます。
どうしたのでしょうか?
ですが、思ったつかの間、視界の端で修一さんと目が合います。
改めて向けると、修一さんは怒りマークを浮き出してしまいました。
見てはいけなかったのでしょうか?
「魔女でも遅くなる場合があるんだな。のろま」
「こらー!そんな言い方なし!!」
「あ、友恵さん」
友恵さんが何か言われたわけではないのですが、修一さんに向かっていってしまいました。
「それで?確信はとれたのか?」
「ええ、まぁ・・・」
言葉を濁すのは、逃げ回っている修一さんと追いかけて頬を抓ろうとしている友恵さんが気にかかるからです。
私の視線を見て、隆正さんがやれやれと言いたげに二人の間に入って仲裁をし始めました。
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遠目でそれを眺めていると
「…魔女」
躊躇いがちに竜司さんに声をかけられます。
「はい?」
竜司さんは言葉を話そうと口を開こうとしますが、すぐに閉じます。
数回繰り返して言うのを迷う仕草をします。
「どうかしましたか?」
聞き返すとまた顔が強張ります。そして視線がクァトルの像になって
傍目で解るくらい顔色が変わりました。
「それは…!」
「あ、はい。像が壊れているので直そうかと思い持ってきたのです。
もしかした王の魔術師は…」
「…そっか」
小さく頷くと、竜司さんはスッと離れて行き、仲裁の方へ行ってしまいました。
一瞬ですが、クァトルの像を見て酷く怯えた目をしました。
何か思う事があるのでしょうか…?
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