「…ごめん」

竜司さんは一言だけ謝るとあとは黙ってしまいました。

カラオケに来たのに曲もつけないのも変でしょうから、リモコンで
適当な番号を押して流してみます。

・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・。

拳が利いている音楽です。

「って、演歌?歌うの?渋いね」

「いいえ、歌いません。適当に番号を入れただけです」

しかもランダムに適当な番号で数曲リクエストしてみました。

特に気にせずに座ると、竜司さんは少し笑って前かがみだった上半身を椅子に預けます。

「そっか…。ところで何でここに来たんだ?」

「答えは簡単です、ファルコンさんがいらっしゃってましたから」

それだけ言うと、竜司さんは意図を読み取ったように頷きました。

「成る程ね。確かにここなら密閉されてるから音が漏れにくいし」

そしてテレビ画面の男女の言い合い場面を見ながら

「曲がかかっている事によってこちらの声も掻き消される…と」

ファルコンさんの目標を探すやり方は『音を探りつつ見る』方法なので
建物とか機密性が高いと少し苦労するそうです。
こちらに来てそれを愚痴のようにボソリと呟いていたのですが

まさかこんな風に利用するとは思ってもみませんでした

「それを考えたら、ここって絶好の場所だな。料金も学割で安くなるし、平日だし」

「竜司さんはどの様なジャンルを歌いになるのですか?」

「そうだなぁ…最新の曲とか、でもあんまり知らない。
ラジオで時々聞くぐらいかな?
魔女は何か歌うの?」

「えーと…私自身CDを購入することはないのですが…
あの中で家族、というのでしょうか…?特に妹がお勧めの曲とか
説明付きで聞かせていただいているので、そうですね、大抵の曲は知っているかと思います」

「え!?上手い?」

意外そうに目をパチクリさせながら聞き返されてしまいました。
知っているというだけで何故”上手い”と判断されるのかは疑問ですけど
自己採点で正直に答えます。

「下手です」

「そっか…なんか意外だなぁ…魔女も…そっか…
君も”魔女の記憶”が無ければ、こんな面倒な事態に巻き込まれること無く
普通に生活出来てたんだよな」

「そうですね…でも、あまり今と大差無いと思いますけど」

竜司さんの顔に少し陰りが帯び始めました。
両肘を高さの低いテーブルに乗せ、前かがみになりながらまるで祈るように両手を組みます。

流れが先ほどの続きになったようです。
修一さんとユニコーンさんが割ってくる前に投げかけようと思っていた言葉を続けましょう。

「竜司さん」

呼びかけるとこちらを向きました。

「竜司さんは何故、王の側へ付こうと考えたのですか?」

「それは…」

少し間を開けると、前々から練習していたような口調で
舞台のセリフの様に滞りなく、スムーズに答えます。









ピシャリと言うと竜司さんは少し狼狽しながら、先ほどの言葉を強調します。

「本当の事じゃないか!?それがどうして嘘になるんだ!?」

「そうですね。厳密に言えば、最後の勉強や普通の学生生活が送れない、という部分が
少し本当みたいな気もしますけど、後は嘘だと思います」

図星だったのでしょうか、竜司さんの顔に朱がさしました。
それでも声を荒げながら訂正を繰り返します。

「違う!全て本音で…俺は、あいつを…」

そこまで言いいますが、後は押し黙ってしまいました。言葉の続きを口に出すことが出来ないようです。
すなわち、その態度が本心です。


………。

私は、本当に人を傷つけてしまう存在なのでしょうか?


「竜司さん、ごめんなさい」

気づきました。
彼が”そう言わざるを得ない状況”になっている原因

「”それ”はきっと私の責ですね」

何かの時に魔術師に捕らえられてし待った時、付けられたのでしょう。

「魔女…俺は、本当に…」

首を左右に振る竜司さんの下に行きました。彼の横に座って両手を握ります。

「大丈夫です。私が何とかします。手を、見せてください」

竜司さんの体は強張っていましたが、左手をゆっくりと私の方向へ差し出しました。
手の血管のように浮かび上がっている模様を見て、確信します。

「大丈夫です、解除できます」

確信を持って言うと、竜司さんは震えながら涙を流し始めました。

「本当は王に連れて行きたくない!王に利用されるなんて嫌なんだ!
あいつらを裏切る気持ちなんて…本当は!!」

叫びながら小さな悲鳴を上げました。
”呪”が抵抗しようとする体を戒める発動をしているようです。
体中、血管のような赤い線が凹凸をなし、竜司さんの体に巻きついているように見えます。
これが全身に及ぶと発狂するほどの痛さを伴います。

ですが、竜司さんはじっとこちらの目を見ながら、痛みを堪えるように言葉を続けます。

「本当は、無いぃんだ。あぁいつらとずっと一緒ょに居たいぃんだ…」

「大丈夫、皆、ずぅっと一緒です」

安心させるのではなく、そう思うからこそ、私は笑顔を浮かべました。










竜司さんの体から赤い凹凸が見えなくなったのを確認して呼びかけます。

「大丈夫ですか?体の調子はいかがです?」

ペタペタと体中を触って確認しているようです。その後すーっと息を吸って

「セフィーニーのバカ野郎!誰がお前の言うことなんか聞くか!!
仲間裏切る気なんか毛頭ねぇよ!!魔女連れて行ったら解除するって約束、信用できるかー!!」

ああ、驚きました。思わず両手で耳を塞いでしまいました。
そう言われたのですね。

叫んだ後、しばらくじーっと天井を見上げると、竜司さんは驚いているこちらに向かって
元気いい表情を見せました。大変、嬉しそうです。

「ありがとう。発動しない!!」

「良かったです」

”呪”の解除は終わりました。
本当に性質が悪い術です。あれは魔術師が扱うユニコーンの力の逆流魔法で
その模様を植えつけられた者は、術者の意図に逆らうと激痛を走らせ無理やり命令を実行させます。
逆らい続けると体中締め付けられ、窒息死を引き起こします。
命令部分をなくせば、呪は解除されるのですが、植えつけられている者は自らを解除することも出来ず
第三者に頼もうと思えばそれだけで発動するのでなかなか解除は難しいものがあります。

それを知っているからこそ、竜司さんが今まで苦しめられた事を用意に想像が出来ましたし
公園でのやり取りから推測するに、魔女を探している王、もしくは魔術師が行ったのでしょう。
元を正せば、こちらの責任です。

「ごめんなさい」

謝ると竜司さんは最初わからない、といった表情を浮かべて、すぐに慌てはじめました。

「違う!魔女の責じゃないって!奴隷たち開放するときに油断してたのは俺のミスなんだから」

「え!では一ヶ月前からですか!?」

聞き返すと竜司さんはしまったという表情になりますが、観念したように正直に話しました。

「そー…。まぁ、ギリギリまで我慢してたんだけど…ねぇ」

「ごめんなさい!全然気づきませんでした!!」

慌てると、竜司さんは苦笑しながら首を軽く振ります。

「だから、魔女の責じゃないって…本当はユニコーンに相談したかったけどあいつ、いつも修一に
べったりだからさ。なかなか…もし修一にバレると、今すぐ戦始める事になって、どうなるか
想像も出来ないし…かといってこのまま俺死ぬのも嫌だし…丁度、どうしようか考えているときに
魔女…そう、魔女……」

先ほどから魔女で名前が詰まっているのですが、どうしたのでしょうか?

不思議そうに見ていると、竜司さんが今気づいたような口調で

「そういえば、魔女は本名なんていうの?」

「ほ、本名、ですか?」

痛いところを突かれました。

「そ。まだ聞いてなかったなって思って、『何』さん?」

「た、滝川、蜜葵です」

「滝川蜜葵さん。えーと…どっかで聞いたことあるような??
滝川さん?蜜葵さん?微妙に違和感あるなぁ…さん付け。
呼び捨ててもいい?俺のほうが年上だし」

「あ、あのですね。そのことについてなんですが…苗字は良いのですけど
これを言うとその…どんな事情かと聞かれるかもしれないのですが
答えたくないのですけど…名前なんですが、私、一言で言えば…」

「?」

「蜜葵って名前、嫌いなんです」

「へ?」

「特に”蜜”が…」

「えーと…なんで?」

「色々とした心境なので、聞かないで置いてください。今までどおり、魔女で結構です。
それがどうしても嫌なのなら名前でも仕方ないのですが…」

「えーと、じゃ、普段どう呼ばれてたんだ?名前で呼ぶだろ?家族とか…」

「家族では………今だと”お姉ちゃん”とか”葵”とか…父達や義兄だと”蜜葵”って呼ばれるんですけど…
えーとですね、正直に言えば、名前の由来が嫌いなんです」

「何で?結構可愛い名前だと思うけど?蜂”蜜”に”葵”って」

「それはちょっと…ともかく、魔女でお願いします」

「…そー?じゃ、あいつらに教えておくのも駄目?」

「好ましくはありません」

「ふーん…じゃ、解った。魔女って呼ぶよ。変わってるなぁ、魔女は」

「すいません」

プルル

丁度備え付けられている電話が鳴りました。竜司さんが対応してそのまま出ることにしました。
外へ出ながら、竜司さんはまた暗い表情のままため息を吐きます。

「あ゛ー…修一、どうしようか。本当に…五体満足に居られるかなぁ、俺」

どんよりと暗くなってきました。励ましたいのですが、こればっかりは…
脳裏に修一さんの怒った表情が浮かび、身震いします。
あれは、怖いです。殺されるような気がします。

「えーと…正直になるしかないのでは…?私もフォローしますし…
あ、でも…もしかしてそれが火に油を注ぐ結果になるのでしょうか…」

相性悪いですし

「魔女は、いーよ。だってさ。俺が巻き込んだようなものだし、逃げちゃってOK」

「そうゆうわけにも…」

「あ!居た〜!!」

子供の声がしてそちらの方向を向くと、ユニコーンさんが手を振りながら駆け寄ってきました。
あっという間に竜司さんの腕に飛びつきニコニコした笑顔を見せます。
100メートルの距離をものの2秒以内で…さすが俊足です。
その後方からなにやら暗い雰囲気の修一さんとその後ろにファルコンさんが歩いてきます。

想像していたよりも、修一さんが静かなのは一体何故でしょう?
竜司さんを覗き見すると、彼はすまなそうな表情のまま修一さんを見つめていました。








竜司さんは今までの事を包み隠さず話し始めました。
奴隷解放中に敵に捕まり、呪いをかけられた事
魔女を連れてくることと、密告の指示を出されていて必死に抵抗していた事
最後に、先ほど話していた『王の側に付く』という言葉の撤回をして
前に倒れる勢いで頭を下げました。

「本当に、ごめん!!信じてもらえないかもしれないけど、そうゆう経緯があって
それで、あんなこと言ったんだ。本心じゃなかった」

修一さんは少し驚いた様子を示しましたが、すぐに安心したように笑いました。





「わりぃわりぃ。苦しかったか?」

息が詰まりました。

言いながらファルコンさんは離してくれますが、顔が謝っている顔ではありません。
酷いです。骨が折れるかと思いました。

「で?どこへ行ってた?探すの苦労したんだが…」

「カラオケの個室に入ってました。以前、密閉された場所だと探しにくいと聞いたので」

言うと、途端にファルコンさんが苦虫を潰したような表情になりました。

「…今度から魔女に不都合を言わないようにするか。まるで弱点利用された感覚がして気分わりぃ」

どうやらプライドを傷つけてしまったようです。
それについて謝りながら、修一さんの事についてお聞きする事にしました。
予想とは反した態度と様子でいささか不気味に思えます。

「修一さんなんですけど…」

「ああ?アレ?」

重々しい空気を漂わせている二人を肩越しに見ながら、ニヤリとほくそえみます。

「痛い場所をちょちょっとな。突っついてみた」

「僕からすれば、もぉ少しソフトに言っても良かったんじゃないかって思うけどね」

ユニコーンさんが苦笑いしつつ批判していますが、ファルコンさんはフンと鼻息を立てて

「ああ言った方が薬になるだろ?それとも、ユニコーンが上手く言えるか?あの状況で?」

「ぅぅぅ…それはかなり、ううん、絶対に無理だよ〜!!怖かったんだもん!!」

知らない間に、何かあったようです。もう少し落ち着いたときに雑談として聞いてみましょうか。





「そっか。なんだ…じゃ、今、体の具合は?呪いは解けたのか?」

「魔女のおかげでね。このとおりさ」

竜司さんが元気良く返事をすると、修一さんは会話を一端打ち切ってこちらを向きました。





「それじゃ、俺また接客やってくるわ。またな〜」

言いながら颯爽とファルコンさんは『若葉』の方へと走り出しました。
近いので飛ぶことはしないようです。

「あ、そうだ」

ユニコーンさんが思い出したかのように一声あげると、こちらに向かって満面の笑みを浮かべます。
長い一括りの髪をゆらゆら動かしています。
もしかして、そこは尻尾の部分…なのでしょうか?鬣だけかと思いましたけど…尻尾も含まれているようです。

「ありがとね〜、魔女!竜司の事!僕こぉゆぅのちょっと鈍くて…気をつけるね」

笑顔につられて、笑顔になると……

視線を感じます。それもかなり痛いような視線です。
見ると、修一さんがこちらを凝視していました。ギッと目が怖いです。
思わず汗を浮かべながら苦笑いを返すと

「…ありがと」

一言、小さく言ってすぐに竜司さんに向き直り、楽しく雑談をし始めました。

顔と言葉のギャップがありすぎて呆けていると、ユニコーンさんがツンツンと服の袖を引っ張ります。

「良かったね。魔女!」

えーと…今のはお礼。でしょうか?そうですよね…。

「…はい!」

とても、嬉しいです。













嬉しくて笑顔を浮かべる脳裏で、千郷さんの言葉が蘇ります。












私が正しいと感じたから…、皆さんを―――――?











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