コォラとフェヴァの戦闘記

【昔話編】

 

 

 

 

 

訓練兵の一時的な故郷への帰宅、つまりお休み期間がある。
皆、嬉しそうな表情で荷造りをし、いつ戻ってくるかを報告するため、フェヴァの元を訪れている。
この時期が来ると、フェヴァはほんの少しだけ、憂鬱になる。

 





コンコン

 

「失礼します!フェヴァ副隊長!」


訪問者が来て、フェヴァは記録書から顔を上げてドアを見る。
綺麗に敬礼をしたエンプが居た。

 

「里帰り希望者だな。期間は?」

「は!明日昼から一週間、実家への休暇を頂く許可をお願いしに伺いました!」

 

フェヴァは横にあるファイルに書き込み

「よし、分かった」

そう返事をして、また記録書に目を通す。
今年も同じ質問が来るのかな?と内心自分で賭けをしてみた。

 

「では、失礼しま……」

 

立ち去ろうとして、荷造りがされていない部屋を見て首を傾げた。

 

「どうした?」

「副隊長、里帰りしないんですか?」

「ああ」

 

賭けは勝った。
またこの質問に答えてしまうようだ。
まぁ、相手は事情を知らない人間だから、別に怒りも何もないが…

 

「折角の休みですから、親御さんに顔を見せるとか、しないんですか?」

「ああ、別に家に戻っても誰も居ない」

「1人ぐらし、とか?」

「いや…」

 

思い出しそうだ。嫌な記憶を…もうずいぶん過去の話になるのに…

 

少しフェヴァの表情が曇る。
エンプは慌てて「すいません!」と謝った。

 

「自分、何か不味いこと聞きましたか?」

 

慌て始めたエンプに、フェヴァは記録書を見るのを止め、彼に向き直った。
少々苦笑を浮かべると

 

「帰ったってしょーがないよな〜…」

 

ピキっとフェヴァの眉間に皺が寄った。
声の主は分かってる。が、その場所が問題だった。
またそこか…と内心毒づく。
いつの間に入ったのか分からないが、彼なら気配を消して入ってくるくらい造作もない。
それに今までフェヴァは記録書に集中していた。
背後を取られてもおかしくはない。

 

「た、隊長…どうしてそこに?」

 

エンプからはよく見えるようで、フェヴァが振り返る前にベットの方向に呼びかける。

 

「昼寝」

 

「なら聞こう。どうして俺のベットで惰眠している理由を…」

「俺の部屋、汚いから寝られない!」

「じゃぁとっとと片付けてこい!気配消して人のベットで寛ぐな!!」


思わず机に爪を立てながら叫んでしまったが、コォラに怒鳴り声が聴くはずがなく、彼は飄々とした態度で答えた。

 

「いいじゃねぇか〜、減るもんじゃねぇしよ〜」

「俺の機嫌パラメーターは激減している」

「ちぇー。ケチケチケチ。フェヴァのけちんぼ!昔は一緒によく寝てたジャン☆

仲良くしよーぜい!」

「いつの話だ。とっととやるべき事を済ませてこい!
俺に全部皺寄せが来る」

 

「しょーがないじゃん。俺って戦闘以外取り柄ねぇもん☆
全部フェヴァにお・任・せ★
適任適所、ほら、これでOK!世の中円滑に進むハズさ!」

 

ガシャン

 

「てめぇはただ単に楽をしたいだけだろーが!」

 

フェヴァは懐に入れていた小型拳銃を出し、コォラに標準を合わせる。

このままではもしかして喧嘩が始まるかもしれない、そう思ったエンプは慌てて話題を切り替えた。

 

「あ、ああ、あの、副隊長、昔って…隊長と幼馴染だったんですか?」

 

フェヴァは話すには邪魔だと言わんばかりに銃を下ろした。

 

「ああ、庭に迷い込んできた。野良犬よりも性質が悪い」

「迷子…?ですか?」

「迷子っていうよりも侵入した…って感じかなぁ?
だってこいつン家、一番大きくて立派な豪邸に住んでいて、広大な敷地持ってたんだ。
これは中身を知りたいって思うのは当然だろ!?

「まぁ、その気持ちは分かる…。最初、見つけた時は吃驚したなぁ…、何しろコォラは血まみれで芝生に倒れていたから」

「血、血まみれ!?」

「そうそう、あれは確か、空腹に耐え切れずそこら辺の民家に押し入って食品盗む途中に警察に追われて指名手配されて銃でバンバン撃たれて逃げ込んだ先がこいつの家だったってこと」

 

「・・・」

 

声をなくしているエンプに、フェヴァが訂正を入れておく。

 

「…というコォラの話は大嘘で、実際は廃棄処分の生き物が徘徊する中を歩いていて
命からがら俺の家に逃げ込んだっていうのが正論だ」

 

「ああ、なるほどっ!そうですよね!
あまりにもリアルに想像できたからどうしようかと思いました!」

「ううん?それはどーゆー意味かなぁ?」

「ひぃ!」

「苛めんな。
で、行くあてがないって言ったから、俺ン家で飼ってた。
そしたら庭中這いまわって駈けずりまわってそこら辺で粗相をする、
落ちているのを拾い食いする

ネズミは捕まえるは、冷蔵庫から盗み食いをするは、
野良猫のボスになるはで大変だった。

これは保健所を呼ぼうかと相談したくらいだ。
こんな子、家では飼えません!って何度も家族会議があって……」

「…フェヴァ、俺お前に何か嫌な思いでもさせたか?

「四六時中」

 

苦笑いを浮かべて言うコォラに、フェヴァは真顔で言い放った。
それを見ながら、エンプは質問する。

 

「・・・・・・ええと、それも、冗談?」

「勿論さ!俺がそんなことすると思うのか!?」

「しそうだろ」

 

フェヴァが間髪居れずに言い放つ。エンプは辛うじて頷く仕草を止めた。


「まぁ、迷い込んだのは本当だし、そっからこいつとの付き合いが始まったのもホントだ。」

「はぁ…それで、隊長達は、里帰りしないんですか?」

「したくても出来ねぇって状況かな?俺は…」

「はぃ?」

「俺、生まれたとき、全然覚えてねぇ上に、孤児だからよ。家族っていねぇんだ。
何か手がかりあるかな〜?っと思って国に勤めたんだが未だ収穫ゼロ

「え!?」

「だから帰りたくても帰れねぇんだよ、これがまた…。
まぁ、フェヴァで遊ぶからどうってことねぇけどな、あははは〜★」

「す、すいません!余計なこと聞いてしまって!!」

「別にいいって★
ちなみにフェヴァも似たような境遇でさ。家とか土地とか持ってる大富豪なんだけど…」

「大富豪かどうか知らないが…俺も帰る家はあっても、迎えてくれる相手がいないな」

「え…まさか、お亡くなりに…」

「ああ、両親も二人の兄も姉も祖母も使用人も全員没している。
いや、俺が生き残った…っていう表現でもいいかもしれない」

 

呟くと、コォラが少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。
が、すぐに戻って茶化す。

 

「俺が食っちまったしな★」

「食うなよ…アホめ

「な、じ、自分はとんでもない質問を…っ!その、も、申し訳ありませんでした!!」

 

90度以上の礼に、フェヴァもコォラも苦笑した。

 

「なぁに言ってんだよ。俺らが勝手に話したんだから、お前が謝る必要ねぇって」

「その通りだ。それに、エンプ以外は全員知ってるはずだ。
毎年毎年、荷造りしないのがよほど不思議なのか必ず新人が聞いてくる。」

「そ、そうなのですか!?でも、すいませんでした!!
では、失礼します!!」

 

逃げるようにそそくさと出て行くエンプ。
それを二人で見送って、ドアが閉まるとコォラが苦笑した。

 

「毎年毎年、同じリアクションで出て行くなぁ…。
あいつらどっかで繋がってるんじゃねぇか?」

「ああ、そうかもな…。」

 

そう言いながら記録書に目を通し始めるフェヴァ。
コォラは少し間を開けて、フェヴァの後ろから記録書に目を通す。
こっそり見るのならともかく、全体重が背中にかかって重い。

 

「邪魔だ」

「へいへい。折角人がお手伝いしようとしたのに、冷たいのー。

ちょっと待て、これは元々貴様の仕事だろう。
しかも今、邪魔しようとしただろう!?」

「ひでぇ〜。折角の好意を…」

「だったらとっとと部屋の掃除でもしてこい!」

「はいはい。やかましい眼鏡記録書オタク様★」

「ぅおい」

 

なんじゃその言い方はーー!と叫びながらコォラを睨む。
コォラはフェヴァを見てにやりと笑いながら手を軽く振る。

 

「冗談だよ、冗談…」

「ったく…」

 

浮き上がった腰を椅子に座らすと、コォラがいつもとは違う、落ち込んだような表情を浮かべた。

 

「なぁ、フェヴァ…あの時さ。俺、間違っていたのかな?
あの時、俺は1人でも、助けたかっただけだったんだ…。
でも、結果的にお前の家族を全員…
あの町すら、地図から消してしまうハメになって…」

 

パシン

 

フェヴァはコォラの左ツラを叩いた。

去年と同じように

一昨年と同じように

それを口にした日には、同じように横っ面を平手で叩いた。

 

「ったく、てめぇも毎年毎年同じセリフを……しつけぇんだよ、コォラ。」

「・・・フェヴァ…」

「俺がいつまでも昔にうじうじしてると思っているのか?
全員目の前で殺された原因をいつまでも恨んでいると思っているのか?
結果がどうであれ、その過程は…それに行き着く過程を、俺はずっと見ている。」

 

そこまで一気に言い放って、コォラを見る。
毎年、同じような呆けた表情をしている。
フェヴァは一呼吸置いて

 

「だから、別にもういいんだよ、気にすることなんて、何一つねぇんだ」

 

そう言った。毎年のセリフだ。

本当に気にしてないというのは嘘だが、蒸しかえすつもりはない。

 

あの時、憎しみを込めるべき相手は、全員だった。
被害者、加害者、当事者の全員が、憎むべき対象だった…。

 

それだけのことだ

 

 

フェヴァは手首を動かしながらまた椅子に座る。
コォラは少し赤くなった頬を手で触って、にやり、と笑みを浮かべた。

 

「しょーがねぇな〜。じゃ、部屋をちゃっちゃっちゃと殺ってきますか!

「待て!字が違うぞ!!」

「俺にとってはどれも同じ〜。片付ける、イコール始末、イコール殺る!っていう方程式だ!」

「用途が違う!!」

「はっはっは〜」

「はっはっは〜じゃねぇ!!」


意気揚々と出て行くコォラにフェヴァが頭痛を感じていると、ドアの前でコォラが振り返った。

 

「なぁフェヴァ、俺のこと好き?

 

「重石に体をくくり上げて肥溜めに叩き落してたいほど嫌いだ!!」

 

拒否した返答なのに、コォラは嬉しそうに笑う。

 

「あっはっは〜♪そりゃキツイ。フェヴァの愛は重いなぁ〜」

「はいはい。てめぇのツラ見たくねぇからとっととどっか行け!」

「じゃ、ロケットランチャー用意して、手榴弾も用意して〜、空間次元湾曲をセットして〜」

「は!?空間次元!?っておい!こら」

「入らない物を粉々に〜★欠片はブラックホールで吸い出すと〜
あっという間に綺麗なお部屋ん〜〜★」

 

バタンとドアを閉めて鼻歌交じりに去っていくコォラ。
フェヴァは頭痛を抑えるように頭を抱えながら呻いた。

 

「……関わるまい…」

 

 

 

 

本日未明、一部の部屋で爆発事故のような振動が起こったが
どこも破損していなかった。
地震かもしれないと調査をするが、その原因は全く持って不明だった。

 

そしてコォラの部屋はとても綺麗になっていたとゆー…