鬼が現れし夕暮れ炎火


 
  夕暮れに差し掛かる。今日も有意義な生活を送れた。

魄はのほほんとした間が抜けたような、ぼぅっとした表情でトボトボ影法師を追いかけながら歩く。

漆黒の黒髪でセミロング、大きい目だが鋭い三角眼でやはり真っ黒い瞳、一応整ってはいるが平凡な顔立ちに平凡な体型。背もそれほど高くはないが、低くも見られない。中肉中背。おもったよりも無駄がない体つきだ。

上着、ズボンがジーンズとカジュアルを着こなしているが、どっちかっていうと、おしゃれには見えない服装だ。

「はぁ。この時間帯はやだな〜。景色は良いんだけど出そうだし〜」

まるで誰かに行っているような大きな独り言だ。

「出たら出たでどうしよっかな〜」

やはり独り言だが、声のトーンは大きい。

魄の独り言は誰かに話しかけているごとく、大きい。それに支離滅裂しておらず、下手をすれば会話もできそうだった。

「出たら……」

「ま、詠唱してやるからいつでも戦えるぞ」

後ろから当然のごとく言われ、魄は「…」と無言になって後ろを振り返った。

案の定、天敵、犬猿の仲の鷹尾が立っている。

元々は黒だが、明るい茶髪に色を染め、ベリーショートにしている。やや丸い目は黒、顔の作りはやや端麗。でも普通、パッと見て「あ、うーん、なかなか」と感想がある程度。身長は男性にしては高く、180センチ、そのためとても痩せて見える。実際、力で言えば魄の方が若干強い。男としてはどうかと思うが、魄は人である時も人よりはやや身体能力が優れているので本当は弱いのか判断できない。

バイト帰りなのか、とてもラフな服装だった。ロングTシャツにジーパンの出で立ち。下手におしゃれするよりもずいぶん似合っていた。

「まぁた人事のように…バイトはどーしたのよ。ぷーさん」

「いやだなぁ。せめてフリーターって行ってほしいよ。ったく気遣いないんだから」

言いながら、魄の隣に立って歩く。

「今日は早出だったからもう終わったんだよ。そっちは?」

「こっちもさっき学校終わったところ…タカに会う前に帰りたかったな〜…」

「しょうがないだろ?俺だって同じセリフ吐きてぇよ。はぁ〜あ。彼女ほしい〜」

「勝手に作れ」

トゲトゲ会話をしながらも、二人の家路の方向は一緒だ。家がお向かいさんなので仕方ない。どうしても、一緒になってしまう。手に職を持ったら絶対に1人立ちするんだと、魄はいつも思っているが、なかなか…。運命には抗うことができない。

特に、黄昏時に鷹尾と出会ったりすると、大抵………

 

パタっと鷹尾の足が止まる。

その前に魄は辺りを見回して警戒しながらも、だるそうに呻いた。

「ぁぁぁぅあぁぁ…なんかいるよ…」

正確には「来る」なのだが、魄はそれしか言えなかった。ちらっと鷹尾を見ると彼は楽しそうに頷いた。

「じゃ、いつものごとく」

「へいへい、いつものごとく」

 

「汝、魄の血脈により埋もれし力、覚醒の刻、来たれり」

 

ざわっと背中の産毛が逆立つ感覚がし、眩暈を起こす。言葉と同時に魄は爪先立ちで背筋を伸ばして少しだけ中に浮く。

 

「古き盟約により、汝の主こと、鷹尾が命ずる」

 

魄の右額から首筋にかけて青い模様が浮かび上がる。そのまま右肩へ、腕へ、手首へ、指へ広がる。

 

「鬼(き)の力……我が前に指し示さん!!」

 

ごぉうと一瞬だけ風がうねった。

すっと目を開けると、彼女の右目だけ濃い青に染まっている。

魄は地面に足をつけると同時に、妖獣に向かって駆け出した。一度のジャンプで10メートルの距離を飛び越え、妖気が発せられる獣の前に降り立つ……いや、降り立つついでにとび蹴りを喰らわせた。

「でやぁぁぁぁぁ!!!」

『ぎゃあぁ!!』

妖獣の形は名前の通り獣方が多い。今回は体長三メートルあろうとおもわれる鳥だった。紫色一色の背中に見事、左足がめり込む。が、すくに妖獣は身を震わせながら飛び立ち、魄を振り落とした。

「ち、浅かったか」

ちらっと周りを見るが、鷹尾はまだ来ていない。仕方ないので1人で片付けようと魄は詠唱に入った。彼女は詠唱の言葉を略した言い方をする『記号詠唱』を持ちいる。威力はやや劣るが、それでも十分効果があるので1人で戦うときなどは重宝する。

もちろん、強力な詠唱を行うにはその分、時間が長くかかるので、不意打ちかおとりがいないと使用したくない。

妖獣を見据えた上で、魄は早口で開始した。

「すい・わ・るい・けつ・さん・じゅう・るじ・う・……」

水が体の周りをうねる。まるでそこだけ噴水の中央に入っているようだ。

 

これは鬼の血が起こす術みたいなものだ。周りの自然の力を取り込んで形にする大技。大技というから必殺技でなく、体力が続く限りいくつでも詠唱は可能。結構便利がいい。術も個人の内面に大きく影響されているので、鬼によって、つまり人によってその属性が違う。

魄の場合、属性は「水」「風」になる。

鷹尾の場合、属性は五つ全てだが特に相性のいいのは「風」である。

鬼と術者の属性が似ていると相性がいいとされるが、魄はそんなの嘘っぱちだとおもっている。

 

妖獣がこちらに進路を変えて突っ込んでくる。かく乱するためか、左右に大きく旋回しながら彼女の背後へと回るが、魄の方が早い。

「ウォーターカッター!!」

指揮者のように素早く腕を振り上げた動きに添って、刃と化した水が十数個妖獣めがけて突っ込んでいった。

『ぎしゃ!』

旋回して何とかかわそうとしているが、羽が一枚切り取られ、地面に激突する。

「よし!」

魄が言ったのではない。タタタと足音をしながら駆け寄ってくる、もとい、安全圏までしか駆け寄らない鷹尾が発した言葉だ。きっと小さい声なのだろうが、聴力も人以上になっている魄にとっては叫んでいるように聞こえた。ジロっと鷹尾を見て一言。

「遅い!!のろま!!」

「あんな距離一発でいけるかよ!!」

反論するように叫んで

「早くとどめさせ」

「あー。もぉ、こいつだけわ…」

呻きながら止めの詠唱にかかる。妖獣は片翼をなくしたとはいえ、あれは形に過ぎない。大元を滅さないといくらでも再生可能だ。何せ、人間が生きている以上、負の感情は無限大。回復する前に、その大元を断ち切らなくては倒したことにはならない。

時間もあることだし、確実に倒したいので、魄はちゃんと詠唱を唱えることにした。

「水、我の流し血脈に従い、渦状にウネレ」

先ほどと違い、水が大量に勢い良く彼女の体から立ち上る。それはまるで竜を思わせるような威圧感タップリのうねりだった。それを身ながら鷹尾小さく毒づく。

「それを最初からすりゃ早いのになぁ…出し惜しみしやがって」

ピキっと魄の額に怒りマークが出る。ボソボソといっているようだが、地獄耳を甘く見てはいけない。一瞬、ほんの一瞬鷹尾に食らわせてやろうかと邪な考えが浮かんだが、すぐにかき消して、妖獣を見据える。既に次なる形になったようだ。四本足の獣だ。

「アクアープレス!!」

ドォっと津波のように波が妖獣に押し寄せる。これで大元と共に体が細かくなるだろう。

そう二人はおもっていたが

 

「火炎竜巻!!」

 

ドォウ!と炎が渦巻いた。回りに木があったら燃え広がりそうなほどの火力だ。その中心には先ほどいた妖獣が火に焼かれて蠢いている。消えたところで魄の水がちゃんと消火した。まるでこう作戦されたようなとってもいいタイミングだった。

唖然としながら、火が起こった場所を見る。

そして、すぐに警戒した。

対岸に男性がいる。左半分から手にかけて赤い模様が浮き彫りになり、左目は黒い赤。ショートの髪は真っ黒、小さい三角眼が端麗さを物語っている。間違いなく、いい男の部類にはいる。背もまぁまぁ高そうで、筋肉質っぽい。

そこまで吟味して、魄は叫んだ。

「鬼じゃん!?」

「なんだって!?」

横に来た高尾も驚いたように叫ぶ。

二人が驚くのも無理はない。鬼の血は今のところ都野窪家の長女である魄しか存在していない。鬼の方は分家がおらず、本家のみ受け継がれているはずだが…

男性の横に小さな女性が現れた。こちらを見て、鷹尾だけが顔色を変える。

「雪菜(せつな)!!」

聞いたことない名前だな〜と魄はおもっていると、鷹尾の呼びかけに対して、雪菜と呼ばれた少女がパクパク口を動かして喋っているようだが、聞こえない。まったく持って聞こえない。魄はおせっかいだなとおもいつつも、ついつい言ってしまった。

「きこえなーーーい!!あんたたち誰――!?」

「俺は魁だ。こちらは主の雪菜と言う」

「あ、ご丁寧にどうも…」

鷹尾が軽く挨拶をした。

「挨拶してどーすんの」

思わず突っ込みを入れる。

「主は壱拾想鷹尾に古より伝わる勝負を申し込みに来た。勝負は明日より一年と少し。厄月になる暗黒月に伴い、鬼同士を戦わせ、負けた鬼を勝ったほうが配下にできる権限を持つ。すなわち、本家と分家を入れ替える儀式だ」

「……なにそれ?そんなんあったんだ、へ〜」

素っ頓狂な魄に対して、鷹尾は吃驚しながら少女の名前を呼んだ。

「本気か!?雪菜!!」

「本気です!」

今度は声が良く聞こえた。

「今まで分家分家と馬鹿にされてきましたが、今度はそう行きません!いくら鷹尾さまだとて、容赦はいたしませんから!!」

「面白い!泣き虫の雪菜がどこまで俺に対抗できるか見てやるぜ!!その挑戦受けた!」

なにやら、術者同士が意気投合して対立している。

それを同じように黙って見守っていた魄と魁だったが、パッと目が合った。どう見ても、自分と同じ鬼の血を持っている。

それがどうも負に落ちなくて……多分、絶対鬼だろうと確信しつつも念のために確認した。

「ねぇ!あんた、魁って言ったわよね!……本当に、鬼なの!?」

魁は頷いてにやりと笑った。

「ああ、その通りだ。交えるのを楽しみしてるぞ」

「なにその笑い!むかつくーー!!」

「いくわよ!魁!」

少女のハスキーな声が聞こえて、二人はすっと去っていった。

「ったく…どーゆーこと?」

魄は同じ鬼をみて内心戸惑っていたが、考えてもしょうがないと思い直した。隣を見ると、鷹尾が高揚した様子でこっちを振り返り

「よっしゃ!けちょんけちょんにしてやろうぜ!!」

意気込んでいるが、結局魄が主に戦うのだろうと目に見えて分かっている。鷹尾が実際に戦いに参加したことなんて、5本の指で足りる数だ。

「ぬー…気に入らない展開だけど、負けるのは嫌よね〜」

不本意ではあるが、売られた喧嘩は買わないといけない。

 

どうやら『主』同士の面子という理由の、勝手な勝負事が始まったが、やるべきことは一つ。

相手をぶっ倒す!!

 

心で叫んで……魄は「う」と呻いた。

妖獣と鬼、二つを相手に戦いながら私生活をエンジョイするなんて、難しいだろうなぁ〜…と…。

これも運命、仕方ない。

悟ったように思いつつも…つい、天を仰いでどこか救いを求めたい気分だった。