鬼生まれし刻 災厄来(きた)る

 

鬼の形が作られた。

鬼は大きな体を丸めるようにかごませると、勢い良くバッと体を伸ばした。

それは押し付けられていた棒が元通りの大きさに戻るための反動のように、体を限界まで伸ばしきる。それと同時に、体中から豆まきでも行ったかと思うような飛沫が飛び散った。紫がかった、黒い粒が…咄嗟に数えると約50個。もしかしたらもっと飛んでいるかもしれない。

その飛沫は町中、半径190キロ内に飛び散ってしまったようだ。目で追って距離を測ったらたぶんこの範囲。広範囲だね。

だから……当然と言えば当然なのだが、今いる場所にもちゃんと飛来している。

 

『グルルルルル』

 

私こと、『都野窪魄』は、目の前の飛沫一つ一つがミニっ子鬼さんになる姿を見て苦笑してしまう。

形としては巻物で見られる餓鬼っぽい姿。身長は一メートル未満かな?手足の指が刃物っぽく尖っていて、口はサメの口を思わせるギザギザ使用。

私も鬼だけど、一発で見て“鬼”と分かる生き物に遭遇したのは初めてだわ。

これも妖獣って部類になるんだろうか?

『グルルルルル』

『ギュルルルルル』

数としては8匹。未知な相手だから強さ分からないけど、数と、私の体力とを考えると、ちょーっとつらいかな?

ちらっと魁を見る。私が散々ダメージ与えちゃったけど、余力はありそうだ。体中に力が漲っているのが見て取れる。

まぁ、これで何とか大丈夫かな?いざとなったら魁の主の雪菜も参戦するだろうし。めんどくさがりやの鷹尾も、本当に自分の危機になったらちゃんと戦ってくれるから、その点は心配ないや。

鷹尾が三人に聞こえる声で呼びかけた。

「あいつらは妖獣の一ランク上の妖鬼だ。まぁ、苦戦するような相手じゃない。自爆さえ気をつければ余裕で勝てる」

「はぁ!?自爆するの?威力どのくらい?」

思わず聞き返したら不機嫌そうな顔をした。しなくていいじゃん、普通のリアクションなんだから

「しらねぇよ。文献に書いてあったのを思い出しただけだ。知りたかったら文献に尋ねるか、自らの体で体験してみろ」

「うっわ!無責任!!」

こりゃ、かなり怒っているよーだ。

「では、自爆に気をつけて戦えばよろしいのですね」

雪菜は落ち着いた声で鷹尾に聞き返した。あいつは力強く頷く。

「ああ、その通りだ。距離をとって戦え、決して近づくな」

「はい!お兄様!」

なぁぁあ〜んか、私とはかなり対応違うくない?まぁ、従姉妹だし、鬼よりも対応ランク上なのは理解できるし、私にそんな対応したら不気味だから別に良いんだけど……やっぱ、人間的に、こー…煮えない心情があるなぁ……。まぁ、それはちょっと置いておいて

私は妖鬼に視線を向けた。彼らは殺る気満々で、血に飢え切った表情で眼球がない目をらんらんに光らせていた。

鷹尾が言うなら、今の私の体力でもなんとかなりそうだと確信できた。あとは、横槍がない事を祈ろう。

 

「あ!」

 

祈ったばかりなのに…

私は半分嘆きそうになりながら、魁が声を上げた原因を見やった。

 

あぁのぉ〜おぉーにぃーがぁ〜い〜るぅ〜〜〜〜

 

なんでこっちに来るんですか…。まだ妖鬼と対決すらしてないんですけど……

あ、妖鬼が散らばっていく。大元来たら怖くて逃げてしまったっぽい。ありがたいとは思わない。

だって、その大元と戦わなければならないんだもん。

近くで、といっても、距離は10メートル以上。それで私の二の腕くらいありそうに見える。だとしたら、実際の大きさは80メートル??ってくらい?ああ、駄目だ、算数苦手だ!わかんない!!

別の意味で悶えた私は鷹尾の体の異変に気づかなかった。

 

「お兄様!?いかがいたしました!?」

慌てた様子の雪菜の声に、私は視界の端程度に振り返ると、なんと鷹尾が片膝つけてちょっと苦しそうに悶えているではないか!?

かなりびっくりして……、いつでも戦闘準備だった気分が一気に吹き飛んでしまった。

「え!?タカ!どうしたの!?」

息絶え絶えで苦しそうだが、鷹尾の目はじっと黒い鬼を見ていた。魅入っているようにも取れる。もう一度呼びかけようか迷った時、鷹尾は突然雪菜に当身を食らわせた。咄嗟のことに雪菜はびっくりしながら意識を混濁させる。

「雪菜!?」

これに驚いたのは魁だ。地面に倒れそうな雪菜の体を慌てて受け止めると、私と対決した時とは比べ物にならないほどの眼力で鷹尾を睨み付けた。なぁんか、ラブを感じるなぁ…。魁は雪菜にゾッコンっぽい。

それにしても、いきなり殴り倒すなんて……鷹尾ってば…ついに乱心したか!?

『ご乱心した主様』……。なぁんて心のどっかでのんきにタイトルつけているが、私も結構驚きパニックになっているみたいだ。

「ど、どーしたの?なんかあんたらしくないよ!?おなかだけど女の子殴るなんて!」

「どうゆうつもりだ!!壱拾想!!」

「俺が駄目だったから、次は雪菜に向かうはずだから、気を失ってもらった」

今にも噛み付かんばかりに怒鳴った魁に、鷹尾は立ち上がりつつ返事をする。

おや?体調戻ってるように思えるけど…あ!まさか…あの黒い鬼って…

私は一つの結論を、ってか、親から聞いた鬼情報を思い出して、ポンと相槌を打った。

「ああ、影鬼(えいき)ね!」

確か、人の負の精神に取り付いてから力を振るう鬼で、いつも影に宿る部分から名前を影鬼。これに憑かれた人間は、自分の意思を持ちながらも無意識に鬼を使役できたり、力が弱いと逆に鬼に操られてしまう事もあるって聞いたことがある。

「そう正解。だから今はまだあれは無害なんだ。そして存在自体が『無』と同じ。あのまま一週間くらい放っておけば自然消滅する」

「なるほど、だが…せめて一言…」

「説明する暇なかったんだよ。入りかけられて抵抗するのに精一杯だったから、雪菜ならイチコロだろうと思ってね」

魁の言い分ももっともだし、鷹尾の言い分ももっともだった。

「じゃ、魄。結界張るから、もう一分張りしっかりな」

「了解」

結界、という言葉を聞いた時点で私は駆け出した。鷹尾が結界を張るまで影鬼を捕まえて押さえつけておかなければならない。時間は一分。

影鬼は私が向かってくるのを確認するとすぐに逃げるようにジャンプをした。私も追いつこうとジャンプをして手を伸ばすと……

『ギャギャギャ!!』

あああ!妖鬼じゃん!こいつ、体から子鬼出しやがった!!!

スタっと地面につくと、鷹尾がこちらへ全速力で向かっていた。

「魄!俺も運べ!!追い詰める!」

命令だったんで、私は考える間もなく鷹尾を抱き上げ……お姫様だっこして鬼の跡を追った。

鷹尾はかなり嫌そうな顔をしていたが、事を急ぐとあってか何も言わなかった。

へっへっへ〜〜ん、ざまぁみろ!