鬼が嘲りし時 優劣崩壊

 

刻紅さん、という女性。彼女は完全に影鬼に取り込まれてしまっているようだ。遅かった…と悲観してもいいし、やっぱりか…と納得してもいい。

彼女がどのような人物で、どのような生い立ちなのか全然知らないけど、一つだけ言える事がある。

彼女は、魁が好きなのだろう。

それは術者としてか、はたまた恋心としてか不明だが、それでも魁が好きで仕方ないのだろう。

だから、影鬼はその隙をついた。その隙をついて、摂り込む時に彼女の望む姿に変えたのだろう。彼女が最も好み、抵抗しない仮初の、そして本来の姿に変えたのだろう…。

その姿に、彼女どころか…私まで不意を突かれた。

全くもって…気に入らない!!!

 

「あははははは!私が鬼を使役できるのよ!私だけの鬼!私だけの物!!」

高笑いする刻紅の声が耳に残る。やけにキーンとした耳鳴りを生じる。同時に何かが飛び込むような衝撃が遠くから近づいてくる。

「鷹尾君!君が死ねば魄ちゃんも私のモノになるのよ!」

 

私はこのセリフにより、先ほど喰らった痛みを全て忘れて、全身全霊を持って立ち上がり、鷹尾の前に身を躍らせる。

 

 

鬼、使役されている者は、どんな理由があろうとも術者の命を第一に考えなければならない。

否、考えるよりも、自分の命よりも術者の命が重いと植えつけられているので、それについての異議や抵抗なんて出来ない。文字通り、無意識に勝手に体が動いてしまう状態になる。

術者が死んでしまうと、鬼も死ななければならない。なんだか連帯責任っぽいけど、事実だから仕方ない。

術者によって、鬼の力はコントロールされる。私も、鷹尾によって力の強弱をある程度コントロールされている。

あまり前例がないのだけれど、術者が死んだあとに鬼を放っておくと、いつか野に還ってしまうと同時に、その鬼が持っている力が完全に解放され、自然破壊や災害程度の悪循環を生み出してしまうらしい。おまけに長い間完全解放されたら、人間の自我が消えてしまうらしい。

まぁ、平たく言うと獣に戻る。

犬で言うと野良犬に戻るって表現が正しいんだろうね。

私も一度だけ、自分で鬼に戻った時に、ちょっと失敗して我をなくした事がある。かなり幼少だが、山一つ土石流流してしまって……後々の始末なんかを思い出すと・・・・・・とちょっと嫌だ。それ以来、あんまり自分で元に戻らないようにしているけど…。

話が少しそれたけど、術者が死ぬなら、私も死ななければならない。それは回避出来ない定めだから、どんな事をしたって変えることが出来ない。

が、例外だって存在する。

それは、新しい術者が鬼を使役する、という事だ。たらい回しとも言うし、貰われてしまう鬼って表現でも正しい。

ともかく、誰かによって使われている状態なら生きてて良いって寸法。

全くもって勝手な話だ。

 

幼少の頃からずっと、私は鷹尾に使役されてきた。

私のほうが若干年上だったので、鷹尾が生まれるまでは和さんが主だった。まぁ、物心つく頃には既に鷹尾だったけれども…

それでも、奴との付き合いは生まれた当時からずっとずっとある。

一緒に居て腸煮えくり返る事だって大漁にあったし、いっそ殺ってやろうかって衝動だってあった。ほかの術者を懇願したときもあったし、逃げ出してやろうかと思ったことも幾度だってある。

仲が良いってわけじゃないけど

好きとかって感情すら皆無だけど…

それとこれと、主と鬼との関係は、全く持って関わりがない。

感情は関わりが全くないない。ないのが当然だ。

あるのは、関係が当たり前だという必然だけ…鷹尾が居て、私がいる…鷹尾はむかつく奴だけど、護らなければならない唯一の存在だから

 

冗談抜きで、私の…鬼のメンツにかけて…守り抜かなければならない

 

 

顔面すれすれに影鬼の顔があった。魁の顔が前面に見える。殴ろうとする手がやけに大きく見える。私はその手を握って、受け止めた。

相撲で言う四手、両手がガッチリと組み合わさって、お互いが力を込めているから均衡が保たれ、動けない。ギギギッギ…と全身の関節が軋む音がする。多分私の音だ。不意打ちに喰らった一撃とそれ以前の戦闘により、あと少しで力尽きるはず。この影鬼、流石に天災クラスだけあって強い。体調が万全なら、もー少しまともに戦えるのだが……

私は真後ろに鷹尾が居ないと、肌で感じ取る……と一瞬力を抜いて地面につけるように身を沈ませた。当たり前のようだが、影鬼は力を込めている分、前に投げ出されるような姿になる。足を影鬼の股先に向かわせながら、低空ジャンプをするように彼の間を潜り抜けると同時に、私は影鬼の手を後方へ勢い良く引く勢いを利用して地面に顔面から突き刺さるよう叩きつけた。

グシャ!と背後で地面が削れる音がする。私は音がすると同時に手を離して後ろへ下がると同時に、距離をとっている鷹尾と影鬼との間に立った。

あれくらいで参るような相手じゃない。

「魁!魄ちゃんから先に倒しなさい!殺しちゃだめよ。殺すのは鷹尾君でいいんだから」

刻紅のセリフと共に、影鬼はそのままの体制から一気に私の方へ殴りかかってくる。

それをなんとか避けながら反撃をするのだが…上手く当たらない。その代わり、私へは何発に一回か、軽くヒットされる。

時折、鷹尾の周囲にも目を配ってみるが、あいつの表情はとても落ち着いていて、鋭く私を見ていた。

負けそうなのに…変わらない態度だ、ある意味羨ましいぞこんちくしょうめ…。

殴り合い、詠唱による攻防戦が続くけど、全くもって影鬼は余裕綽々だ…。それもそうだろーねぇ。こっちは徹夜明けだっつーの…

 

何度目かの拳を受け流して、私は影鬼と対峙する。

それにしても息が上がる。ったく…冗談じゃない。命がかかっているのなら、絶対に負けることなんて許されないじゃないか。

ギっと睨みつけ、ダッシュ。運良く懐に潜り込めた。だが

「こら!魄!退け!」

鷹尾の鋭い声が耳に届くと同時に、顔面に影鬼の拳が見える。

入り込むと同時に後方に逃げたらしい、拳を振るえる分の距離を考えると、踏み込むの…やや浅かったみたいだ。

「――――!!!」

ガツン!って目の前に星が煌く。んで血の味がする。

最悪だ!こいつ!!女の子の顔容赦なく殴りやがった!!

画面がスクロールするみたいに、空が見えて森が見えて家が見えて地面が見えて…ドシャ!って背中に土がついた。ボクシングなら完全にノックダウンでカウントがとられそうなほど鮮やかに舞ってしまったらしい。

ちょっと軽く脳震盪を起こしちゃって、座り込むものの視界が定まらない。影鬼は親切にも回復するまで待ってくれないので、当然続けて攻撃が来るわけで…

サンドバックよろしく、私をポンポン殴り始めるからさぁ大変。結構重いんだ、これが…。普通なら即死に近い状態だけど、あいにく私にはかなり痛いんですけど…ってツッコミしたいくらいの威力だから、ある程度の防御をすれば致命傷は避けられるんだけど…やっぱ、鬼も脳で動いてるんだね〜。ハッキリいって体の反射が追いつかないよ、マジで…。

うっわ!久々に意識が遠のく……。やっばいな〜…って1人心地になってると、鷹尾から激が飛んだ。

それも、まともなセリフじゃなかった…。

「魄!殴られっぱなしで満足すんな!マゾみたいになってるじゃねぇか!!」

あまりにも場違いなセリフに、私の意識が完全に覚醒する。ハッキリいって怒りだ。パッと視界が開けて殴る動作の影鬼が見えて、鷹尾にぶつけたい気持ちと拳をそのまんま影鬼の顎にぶつけてやった。

「なんじゃそのセリフはーーーーー!!!」

ゴォン!

『ぎが!?』

ヒットして呻く影鬼。だが、私はそんな事どうだって良かった。それよりも…。

ギっと鷹尾を睨んで地団駄を踏むが、彼は飄々とした表情のままだった。余計に腹が立つ。

「タカ!あんたなんっつー事言ってくれるのよ!バッカじゃないの!今どうゆう状況か分かってるわけ?最悪最低この男は!!たまには自分で戦えっつーの!!」

「やだ」

「うっわーー!ナにそのセリフ!!だったらせめてちゃんとした言葉吐いてよ!気が利かないったらありゃしない!!」

「時と場合で考える」

「うっわーー!考えてない人が言ってるよ!最悪だーー!こっちは血反吐吐く思いでやってんのに!!労いの言葉くらいかけろ!!」

「やなこった。血反吐吐くまでやってろ」

ドキッパリ、笑顔でほざきやがった…。

ある意味脱力しつつ、私は影鬼の相手をする。鷹尾と話したおかげかは知らないけど、怒りとイライラに満ちた体は結構よく動いてくれる。夢や希望で動けないのが残念だ。これじゃまるで悪役の原動力みたいだからねぇ。

「ぅっわー…この男マジで最悪なんですけど…仕えるの嫌になるなぁ…」

血反吐…ボディーに一発強力なのを喰らえと?全く何を考えているんだか…

私が呆れながら戦っていると、ふっと妙な感覚が頭を掠めた。キーワードを聞いた気分だ。

「血反吐…?」

血?血?私の血……鬼の血…。

ハッと思い当たる詠唱を思い出し、咄嗟に鷹尾を見た。アイコンタクトで分かったのか、彼は軽く頷いた。考えは、当たり…らしい。

最終兵器を使う気ですな…。

まぁ、ある意味それしかこいつを倒せないだろうけど…私1人だとちょっと辛いかな?鷹尾に対する防御が減ってしまうのが心配だ。普通なら別に私ひとりで十分対応できるけど、このダメージで次の出血だと、回復するのに手間取る上に、やや体が動きにくくなる。

さてはて…どうしたものか…?

『はぁ!』

一瞬ぼーっとしてしまい、影鬼の鋭い爪が私の肩に迫っていた。ヤバ!大量出血コースじゃない!いつの間に爪出せたんだ!?この鬼は!!

毒づくが間に合わない。とりあえずガードしようと腕をクロスさせ衝撃に供えるが、何故か横から来た。

「おりゃぁ!!」

『ぁぐ!!』

クロスした腕の隙間から、影鬼とそっくりな顔をした人物が間に割り込んで、私を庇いつつ影鬼に蹴りを食らわせていた。吹っ飛ぶ影鬼。

私は腕をゆっくり下げながら、驚いた表情になりながら魁を見た。

「遅くなってすまない、大丈夫か?」

「ああ、うん。何とか……一応、生きてる」

「一度下がるぞ」

魁も私を見返しつつ腰を抱き上げて一緒に鷹尾の方へジャンプしながら下がる。

なんってタイミングの良い!

いやいや、それよりも、なんって紳士的で優しい態度なんだ!惚れちゃいそうなんですけど!!ちょっとちょっとちょっと!!カッコイイー!!

なぁんて1人興奮している中、もう1人の冷静な私はニヤリ、とほくそえんでいた。

魁がこちらに協力してくれるとなると…鷹尾のやる詠唱の成功率が100%になるだろう…。ふふふ…。