鬼の血が散らばり軽快に人は笑う

 

鷹尾は魁の姿を確認したと同時に、後方から駆け出してくる雪菜に目を向けた。向けただけですぐに元へ戻す。どうやら目の良い魁が魄の姿と状況を見て先に来たと判断する。来るタイミングといい、影鬼に攻撃をするついでに魄も助けるとは、中々戦いなれている、と冷静に分析をする。その目が、後方にジャンプしてきた鬼達に向けられる。もっぱら魄の状態を憶測で確認すると、鷹尾は確認を取るために声をかけた。

「どうだ?やれそうか?」

魁から少し身を引いた魄は満身創痍の姿で苦笑を浮かべた。心配をかけたくない・・・というよりも、呆れてモノが言えないという感じだ。

「私のどこをどうみたらそんなセリフが浮かぶのか不思議だけど……アレやっちゃうんでしょ?やるわよ」

少々怒っているように口調は荒いが、その言葉は力が篭っていた。

「でないと…やられっぱなしでムカツクわ」

「よし」

使役のやる気満々な様子を見て満足すると、今度は魁に視線を向けた。彼は影鬼に威嚇するように視線を鋭くしている。あの姿を見て多少驚いたような印象はない。驚いたが気持ちをとうに切り替えたのだろう。

「お兄様、あれは!あの姿は魁ですよね!?その横にはお姉さまが…。まさか、お姉様が…」

鷹尾の傍にやってきた雪菜は自宅の前で仁王立ちする魁の姿をした影鬼と、その横に寄り添っている紅刻の姿を見て仰天したように声を震わせた。

「そうみたい。最初、魁かと思ってびっくりしちゃった」

魄がギロっと睨むと、魁も影鬼を睨みながら頷いた。

「ああ、俺もだ」

「お姉さま…取り込まれてしまったのですね…」

悲しそうな雪菜の言葉を一蹴するかのように、鷹尾は三人に向かって声を鋭くさせた。

「経緯や状況がどうであれ、影鬼を退治することには変わらない。倒せば刻紅さんも元に戻るだろう…魁!」

「!?なんだ?」

突然呼びかけられ、びっくりしながら鷹尾に振り向く魁。雪菜もびっくりしながら見上げる。

「お前は雪菜の使役だが、今一時期、俺の使役になってもらうからそのつもりで」

「は!?」

「理由は一つ、今のダメージの魄一人だと失敗するかもしれねぇし。そーしたらあいつ死ぬし、俺も下手したら怪我をするくらい危険が高くなる」

「あんたは怪我程度で済むモンね…こっちは命がけなのに」

やけに遠い目をしながら魄は明後日のほうを向いた。完全に悟りきっている。魁は二人のやり取りに嫌な雰囲気を感じてか、魄に確認を求めるように静かに問いかけた。

「そうなのか?魄…」

「ええ、そうよ。でも、うまくいけば確実にアレを消すことが出来るわ。その代わり、戦いが終わったらしばらくグロッキーだけどね」

そこまで言って肩をすくめた。

「魁。別に強制はしないわよ。鬼にとって主以外の人間に使われるって屈辱的な気分はよぉぉっく分かってるわ。あいつが偉そーでも、気にしなくていいからね。どのみち、一人でもある程度上手くやるつもりだし……まぁ、協力してくれるんなら、すっごくかなり助かるんだけどさ…」

やはり、悟ったような口調だと魁は眉間の皺を濃くした。確かに屈辱的なことではあるが、時と場合にもよるし、鷹尾よりも魄の状態が心配だ。でも…雪菜の同意が無ければ…

「雪菜…」

迷う魁に雪菜は優しく微笑んだ。

「私は、それでも構いません。お兄様に策があるのなら、それをやってみる価値はあります。それに…たとえ一時的にお兄様に仕えるとしても、魁は私の元へ戻ってきてくれるでしょう?だったら、私は大丈夫…」

「雪菜…すまない…」

「来たわ!鷹尾!!」

魄の鋭い声に、全員が影鬼に注目した。刻紅が命じたのか、ダメージから回復した影鬼自らの判断か、ともかくこっちに突っ込んでくる。

「先に行け!魄!開始だ!」

鷹尾の言葉と共に魄は獣のような雄たけびを上げて一直線に影鬼に向かって走り出した。今の彼女は自分の意思よりも鷹尾の命令や意識で体を動かす使役となっている。

「じゃ、魁。一時的な使役契約を取り交わすぞ」

魁、雪菜の両者が頷いたのを見て、鷹尾は素早く詠唱をした。

 

「ぅおおおお!!」

乙女らしからぬ雄たけびを上げながら、魄は影鬼の真正面にくると、影鬼の拳が目の前に来るのを見定めて、あえてスピードを上げて攻撃を受けた。ミゾオチに影鬼の手がめり込む。彼の威力とダッシュスピードが加わり、激痛以上のダメージが魄を襲う。

バチャ!と勢い良く口から鮮血を吐き出す。その血が大量に影鬼の体に降り注いだ。手や体が血糊で真っ赤に染まる。

『!?なんのまねだ?』

解せない動きに影鬼の顔が不可解そうに歪む。それを見て、魄は得たりといわんばかりに凶悪な笑みを浮かべた。ダメージは大きい。だが、このダメージは必要不可欠な事だ。あとは…これ以上ダメージを食らわないように注意するのと、鷹尾に攻撃が行かないよう防御をすればいい。

『まぁいい・・・』

一瞬浮かんだ不可解さを影鬼はあっさり消して、魄を弾き飛ばした。地面を転々と転がりながらうつ伏せになるが、なかなか起き上がれない。

『どっちにしろ、動けまい』

影鬼は障害物を除いたとばかりに鷹尾に向かった。彼の口は小さく動いている。魄は顔だけは素早く上げて状況を確認すると、無理やり体を動かし立ち上がった。のろのろと動くが、術者は大丈夫だと踏んでいる。鷹尾の前には、魁が立っている。

「おおおおおお!!」

気合の雄たけびを上げて、魁は自分と同じ姿の影鬼に突進した。力負けしたのか、影鬼は後方へ吹っ飛ぶ。魁はそのまま影鬼を術者から引き離すように間合いを詰め、弾き飛ばすを繰り返した。おかげで魄の移動距離がかなり減った。

「ぅぅん。やるねぇ…」

ぐいっと口の端を甲でぬぐいつつ、魄は感心するように擦れた声を出すと、息をあまり吸わず、二人の鬼の戦いに参戦した。

 

雪菜はじっと彼らの戦いを見ている。その視界に自分の姉の姿を見て、辛そうに顔を歪める。

鷹尾は影鬼を見据えながら詠唱に入った。静かな、本当に静かな声が風に消えて流れていった。

 

「古より在りし鬼の血よ。強き浄化を持ちし魄の力、今ここに発動せし鍵となす」

 

 

影鬼は一番広い、田んぼの空間に閉じ込められる形で二人の鬼と戦っていた。ダメージが殆どない魁に苦戦するならともかく、ダメージが酷すぎて動けないだろうと踏んでいた魄の動きにも翻弄され、焦りよりも怒りが迸っている。

「このままここで…って指示があった」

「なる。広いし、この場所ならやりやすいかもね。稲にはごめんなさいだけど…」

戦いの中ですれ違う一瞬だけの会話。

「……大丈夫か?」

いいつつも、彼女の動きは鈍くない。本当に怪我をしているのか魁にすら不思議だった。魄は蒼白しながらも力強く地を蹴りながら

「まぁね。火事場の馬鹿力ってやつよ」

ウインクを送っておく。

 

一度しか戦っていない相手だが、魁と魄のコンビネーションは抜群だった。

攻撃をするため前に出るのは魁だが、隙をつこうとする影鬼を牽制するのは魄がやっている。

攻防戦が完璧に出来ている戦い方だった。

 

雪菜はその戦いに思わず見とれ、言葉を失った。今まで見たことないほど、魁の動きが滑らかだ。術者の指示によってここまで違うのかと、改めて鷹尾の実力に脱帽した。

一方の鷹尾は状況を見ながら詠唱を続ける。

 

「負に誘われし混沌の渦から舞い降りた鬼を再び混沌へ還したる力を我が前に記す。鬼(き)の形は移ろい揺らぎ形にはあらず。鬼(き)の生業、意味、全てが現(うつつ)にあらず夢である。連鎖の鎖を断ち切らんが言霊。現世への繋ぎを断ち切らんが術語。その体が風に戻り、その体が土に還り、その体が火に消え果て、その体が水で清められんまで…」

 

息継ぎなしのしゃべりだが、彼に苦悶の表情はない。それより、少し場の空気が変わりつつある手ごたえを感じて、音楽に乗るように全身が高揚し始めた。

 

影鬼はバッと顔を上げ、辺りを注意深く見回した。明らかに空気が違ってきている。まるで体を絡みつかせるようなねっとりとした何かが生まれ始めている。その原因はすぐに分かった。同時に、術者を睨む。

魁と魄はお互いにアイコンタクトで「気づいた」という意見を交換した。だとしたら、影鬼はこの場から出る動きをするだろう。

魄は直感で感じる。

あと少しだと…

 

「ぉ…りゃぁ!!」

最後の力を振り絞って、魄は影鬼の顔面に膝蹴りを食らわせる。その後を追って、魁は反対方向から後頭部に蹴りを打ち込んだ。

『ぐ!』

ズベっとぬかるんだ地面に突っ伏すように倒れこむ影鬼。

「すい・は・さん・じゅう・は!ポン!!ダブル」

起き上がろうとすると間髪いれず魄から術を喰らい、また地面に伏せる。

『己…』

ギリギリと歯軋りの音が影鬼の口から漏れ出す。体にねっとりとまとわりつく異質なモノが形となって現れ始めた。ここから出なければならない、もしくは術者を殺さなければならないのに、それが出来ない。

『おのれおのれおのれぇぇぇぇぇぇ!!』

獣の咆哮のように声を上げながら、影鬼は泥から飛び出し空中に舞う…

「逃がすか!」

魁が追撃しようと上を向くと……透明だった空気に陰りが写った。その場所のみ、薄暗さが発生する。雷の下にいるような、ピリピリとした痛みが肌を刺激し始める。

 

「不浄に生まれし邪を食す者を、浄血によりこの地から永久に追放せん!!」

 

一瞬の暗さの中から光が発する。田んぼ一つ分に巨大な円を中心とした模様が浮かび、垂直方向で一気に天へ昇った。

「魁!ここから出るわよ!」

魄の言葉に反応して、上に跳ぶ力を変え、魁は横へ飛ぶ。ついでに魄も担いで光の外へ出た。同時に…

 

「悠久消滅陣!!」

 

鷹尾の詠唱が完成した。

光は影鬼が逃げている上空のてっぺんまで覆い隠し、囲いを作る。逃げ道をなくした影鬼は悔しそうに顔を歪めながら他に逃げ道が無いか探すが、唐突に体に違和感を覚えた。よくよく見ると、体のあちこちが光と同じ色を発している。そこは魄の血を浴びた場所だった。

血は光と連動するように輝き、影鬼の内部へ内部へ埋まるように消えていく。

完全に見えなくなると、影鬼は何かに耐えるように体を丸めるが

『グギャァァァァァァァアア!!』

激痛の断末魔があがった。

円の光が声に反応するかのように一気に影鬼に向かって収縮し、パっと花火のように一瞬だけ辺りをフラッシュのように白く染めると、何事もなかったかのように消えた。

 

 

鷹尾は汗だくの額を乱暴に袖でぬぐうと、満足そうに「ふぅ…」と声を漏らした。

「お姉さま!!」

戦いが終わったと判断して、雪菜は呆然と空を見上げている刻紅へ駆け出した。影鬼がいなくなり、心の支配が溶けたはずだ。雪菜が駆け寄ると、彼女は目をパチクリさせながら「…え?」と不可解そうに声を上げた。

事情を説明する雪菜の向こうで、魄は疲労感を前面に出しながら魁に肩を借りて歩いていた。緊張の糸がぷっつりと切れて、自分で立つのもままならない。

「魄、大丈夫か?」

「うーん。何とかねぇ…げぇぷ…」

血反吐を吐くと魁は顔色を変えて魄を座らせた。彼女の顔は血の気は全くなく、今にも死んでしまいそうなほど弱っている。

「ちょっと待ってろ。雪菜を連れて来る。回復詠唱を唱えてもらおう」

「そーだな。それがいいだろうな…」

いつの間にか鷹尾が魄の傍でしゃがみ様子を見ていた。

「とりあえず、お疲れ。あのくらい一人で退治してもらわないとこの先やっていかれねぇぞ?」

心配そうなら救われる気がするが、どっちかっていうと観察しているような雰囲気である。いつものことだ、と魄は割り切って冗談っぽく「きついんすけど…」と本音は言っておく。

「まぁ、今回は俺と魁に感謝しろよ?」

「あんたにはあんまり感謝したくないわ。で?これで一件落着?」

「一応な」

「ふぅん…」

気になる言い方であるが、今は詮索できない。そんな体力や思考回路の余力はない。我ながら苦戦したなぁ…と独り心地になると、雪菜と魁の声が遠くから聞こえた。

「魄さん。ちょっとだけ辛抱してくださいね!」

「生きてるか?雪菜が詠唱している。がんばれよ」

鷹尾と違って、二人は心配そうにあたふたしている…本当に雲泥の差だ。なんとなく、感動した魄は自分の体の状態も忘れて笑ってしまった。

「ど、どうした?また血反吐吐くぞ!?」

痙攣と勘違いした魁は落ち着かせようと魄の背中をさする。鷹尾が少し嫌そうな表情をするが、誰も気づいていない。

魄はやっと笑い終わり、少しだけ血反吐を吐きながら、魁に微笑んだ。まるで子供が懐いて安心しているように見えた。

「あはは…ホント。危ないよねぇ…。予め魁が兄貴だって聞いていなきゃ…恋に落ちてるよ〜」

 

一瞬、辺りが固まった。

「あ、あに?」

困惑したように魁がポソリと呟いた。

「…魁が、魄さんの…兄?」

詠唱していた雪菜の声も止まり、同じく困惑した表情を出すが、鷹尾のみ「ふぅん」と納得したように声を漏らす。

 

「やっぱ、魁が行方不明の都野窪の長男だったか…」