鬼戻りし家 いつもと変わらず いつもセットしている目覚まし時計が鳴るが、体を動かせない冬眠状態に入っているので放っておく。五感のみ生きている状態なのでかなり喧しいが我慢できないほどでもない。その内止まるので一時辛抱すればいい。 あのあとすぐ、私は宣言どおりグロッキーした。歩くのも覚束ないので雪菜の親に車で自宅まで送ってもらった。 魁の件だが、どうやら崖から落ちたというのは本当で、その時の衝撃で記憶を全て失ってしまったようだ。そこへ偶然切林が通りかかって、怪我だらけだったので手当てをしているうちに、都野窪家の息子だと気づいたらしい。そして本家との因縁というか、くだらない争いというか…その要因で、魁を家に戻さず極秘に育てたと、詩摘は土下座しながら白状した。 魁は最初驚いたものの、特に誰が悪いと責めることはしなかった。 だが、私はそれが返ってまともに育った要因だと思う。寧ろ、私も向こうで育ちたかったと羨望する。 だって…私の両親は血も涙もない鬼なんだもん。 私が今寝ている部屋は…元、物置だ。帰ってくると、前の部屋の荷物が全てここに詰まっていた。それも引越し直後の状態で… そして元、私の部屋はいつの間にか魁の部屋へと様変わりしていた。 私は魁が帰ってくるなんて一言だって言っちゃいない。なのに、もう帰ってらっしゃいが準備万端で出来ている上に、かなり歓迎気味だ。 詩摘が魁の過去を話している最中、茶々を入れるように 「私達は魁の帰りをずっと待っていたのよ」 「お帰り、あの部屋は魁の為にとってあるんだからな」 と終始『魁を忘れていませんでした』とアピールする始末。微妙にツッコミしたかったが、無駄口叩く暇、ってか体力がないから出来なかった。 一通り、話が終わって、魁はこの家に少しだけ厄介になることになった。 雪菜もしばらく鷹尾の家に住み、和解というか、今後について話し合うことになっているようだ。 その辺は私に関係ないので結果だけ聞けばいいや。 それよりも、問題は魁とあの人たちだ。 冬眠から覚めたら説く説くと魁に真実を教えなければならない… 信じるまで語っておかなければ…魁が痛い目をしそうだ…今はあの人たち猫被っているけど、いつ取れるかわかんない。 精神的苦痛はかなり後遺症になるし……そうなる前に手を打っておこうって思ってる。 ホント…ここにいたらロクな人格なんて得ることなんて出来ないっつーねん! 話が終わってから、私は物置の荷物を速攻で片付けてから、ずっと、ご飯も食べずただ寝っぱなしになっている。 流石に意識が無いときもあるから何日経っているか分からない。 こうやって思考できるって事は、割と回復してきたんだな…。 ギィ…とドアが開く音がする。まだ私は目を開けることが出来ないので音のみの情報が入る。 こっちに近づいている。 誰かわかんないや… 頬に手が当てられた。そのままずっと触れているけど…なぁんか優しい触り方だわ。 それか体温を確認しているみたいに思えるけど…誰だろう?手からして男だと思うが…父親はするはずがない。鷹尾もするはずがない。ってことは…??1人しかいないねぇ… 「…魁?」 擦れるほどの小さな音だけ発する。うむ、喋れる程度には回復できているようだ。 するとスっと手が引き、踵を返す音がした。おや?なんでだろう?体温を測り終えたのかな? バタンとドアが閉まる。 私は不思議そうに頭の中で「?」を浮かべるが、すぐに眠りに落ちた。 ギィ…とドアが開く音がしたので、私は目をパチっと開けた。 少し顎を引くとドアが見え、魁の姿が確認できた。目が合うと魁はホッとしたような表情になる。 「起きれるか?」 「今いつで何時?」 「あれから五日経っている、調子はどうだ?」 私は上半身だけ起きながらゆっくりと首をほぐした。ゴキゴキなってるよ…。でも体の調子を見るとかなり良い。 大きく背伸びをしながらあくびをかみ殺す。 「あの怪我でその程度の日数か〜。雪菜さんの回復詠唱っていいわね。調子はいいわよ?少しお腹空いていて、お風呂に入りたいけど」 「そうか」 魁は苦笑しながら勉強机の傍にある椅子に座る。キョロキョロと妹の部屋を見渡して、新たに苦笑を浮かべた。 「あと、部屋を取って悪かったな」 「へ?何で…分かったの?」 「俺が最初に自分の部屋だって言われた時、魄の匂いがしてたから…長い間使っていたんだなって…」 「そっか。鼻いいもんね。まぁ、気にしないで…人でなしの親だけど、か……兄貴が帰ってきて喜んでいるのは事実っぽいから」 「魄は、俺の事知ってたのか?兄貴だって俺に言ったけど…」 「それね。か…、あ、いや、兄貴にはじめて逢ったとき、鬼の血筋って家以外に聞いたことがなかったから、親に聞いてみたの。そしたら兄がいるんだよ…って言われて…リアクションに困った困った」 「そっか…」 魁は少し押し黙る。 「で、か…兄貴は記憶戻った?」 あまりにも魄が噛むので、魁は笑い始めた。 「魁で呼び捨てろよ。俺もお前が妹だって言われても急にそう思えないし…、まぁ、なんとなくそんな感じはするんだが、急には、な」 流石に毎回噛むってのは私的にも恥ずかしいや… 「分かったわ、魁。それで、記憶は戻ってる?」 聞くと、魁は静かに首を左右に振った。 「いいや。でも生い立ちが分かっただけで十分さ。それにこの家や人を見て思ったんだが…」 「だが?」 「なんか思い出してもろくな事ないような気がするから、思い出したくない…ってのが正直な感想かな?」 肩を竦めながら言ったせりふに、腹が引きつる寸前まで笑い転ぶ。 ってか、分かってる!!分かってるよちょっと!!なんか裏がちゃんと分かってる魁に、あいつらどんな顔で話すんだろ!! うわ!想像したらかなりおかしい!! 息も絶え絶えになりながら、私はなんとか声を絞り出す。 「あ、当たり!大当たり!!あははははは!!じ、じゃ、詳しいことは言わなくていいわね」 「ああ…」 魁が静かに言ったので、なんとなく黙った。 「だが、もう少し…ここで厄介になろうと思ってる」 私は黙ったまま 「これからどうするかあまり時間はないかもしれないが、自分で決めたい…」 私は黙ったまま 「まぁ、仕事とかは切林さんの所で農業しようって思ってるけどな」 私は黙ったまま 「家の名前を継ぐかどうかとか、雪菜のこととか、色々……頭が居たい」 頷いた。 「それは、超同感だわ…。あの人たちはひつこいわよ…」 沈黙が部屋を占めて、ちょっと間が開いてから、照らし合わせたようにお互いに見合って……もう一度同じタイミングで微笑んだ。
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