コォラとフェヴァの戦闘記

【出会い編】

 

 


第三話ー呼び名ー








出血量から、初めは病院に連れて行く話が持ち上がったが、よく見ると傷の数は多いものの、血が出ておらず、軽度のひっかき傷ばかりだった為、消毒液と軽く包帯をして簡単な治療を行った。
フェヴァはそれをじっと見ていた。

見ながらあんな傷だったっけ?と首を傾げる。

もっと酷かったように感じたが、あまり気にしなかった。
手当が済んだ頃、兄弟達が戻り、しどろもどろに説明し終わる頃、

母が帰宅する。


父は今日も残業らしい。



「まぁ、それで


「うん。けがしてたから」



母は少年に向き優しく話しかけた。



「どこから来たの?」



「お名前は?」



「お父さんとお母さんは?」




少年は一言も話さず、じっと母の言葉を聞いていた。

混乱というよりは理解出来ていないらしく、しきりに瞬きを繰り返していた。

時折何かを求めるようにフェヴァを見ていた。



「話せないのかしら?」



母はうんざりしながら呟いた。丁度電話を終えたメイドが「奥様」と恭しく声をかける。



「軍に問い合わせてみましたが、届け出はないようです」
「そうですか」
「母様、この子とお話していーい?」
「ぼくも!」
「どっから来たんだ?お前」
「名前言えよっ」
「苛めちゃだめでしょっお兄ちゃん!」

「何言ってんだ。いじめてるわけじゃねーよ」



次々話しかけられ、少年は困惑したように目だけ左右に落ち着き無く動かし、

ぼーと様子を伺っていたフェヴァと目が合うと、

救いを求めるように走りだしフェヴァに体当たりする勢いで抱きついた。



「わ。わわわっ」



フェヴァは吃驚しながら少年を退かせようとするが、見た目よりも力が強くびくともしない。



「ままーっ」



思わずフェヴァは母を呼んだが、



「あらあら、フェヴァの事が好きなのね〜」



母はニコリと笑って終わらせた。




「フェヴァずるいー」「こっちこいよ〜」「お菓子あげるからな。ほらほら」




兄弟達は犬猫を相手取るように少年をちやほやしたが、

少年はきょとんとしたままフェヴァから離れようとしなかった。

そのまま少年が寝るまでフェヴァは抱き枕のようになっていた。








一夜明けたが少年の身元は分からず、一度は保護施設に送る決断もしたのだが、

あまりにも脅えてしまった為断念する事になった。



「とにかく、この子が何も覚えていないんじゃ仕方ない」


「そうね。思い出してからでも遅くないわ」



散々家族で話し合った結果、住み込みで働く扱いにして屋敷に住まわす事になった。
一番喜んだのが子供達で兄弟が出来たとか友達出来たとか歓喜の叫びをあげている。



「んじゃ、スピカだな」



一番上の兄がさっさと少年の名前を決めてしまった。



「スピカか。良い名前だな」



全員が絶賛するなか、喋れない当の本人だけがきょとんとしながら周りを見ていた。

 






見ず知らずな少年だが、見目は良いし、教えた事はちゃんとやった。

子供にしては力があり思う以上に役にたったのが大きな要因でもあった。

しかし基本的な知識も忘れてしまっている様で、

学院に通っていないフェヴァが必然的に少年の世話を焼いていた。


ある時は土足でテーブルの上に



「コラ!そこは上がったらだめっ」



ある時は泥がついた食器を舐めようとして



「コラ!きたないからだめっ」



ある時は封のしたまま飴を舐めようとして



「コラコラっ!中身だよっ食べれるのっ」



そんなやり取りが四六時中三日三晩行われた。

そして次の日、スピカが屋根に登り何かを取ろうとしているのを見つけ、フェヴァは注意した。



「コォラー!そこは上がっちゃ駄目だって前に言っただろーー!!!




「フェヴァ!」




一瞬、誰が呼んだか分からなかった。辺りを見渡すと上からスピカが手を振っている。



「待って。鳥見つけた。今行く」



スピカが話している。驚いている間にスピカは器用に地面に降りてきて、

両手で包んでいる物を得意そうに見せた。



「雛。さっきウルサかったから。フェヴァ、直せる?」



雛は羽を怪我していた。



「しゃべれたの?」


「覚えた。これ直せるか?」


「ぼくじゃ無理、ナラさんに見てもらおうよ、スピカ」


「すぴか?」



スピカはきょとんとしながらフェヴァを見て、首を振った。



「コォラ」




「コォラ?」



聞き返すと頷いた。



「名前、フェヴァはいつもコォラって呼んだ、だからすぴかじゃなくて、コォラ」

 

?えーと」



フェヴァは少し混乱して再度名前を呼んでみた。



「じゃ、スピカじゃなくてコォラって名前なの?」


「うん。なんだ?」

 

ぱぁぁっとコォラが笑う。フェヴァは初めてコォラの笑顔を見た気がした。
フェヴァはコォラの手を取り、力強く言った。


「コォラ、行こう!」


 





 

「それじゃぁ、コォラはどこから来たのか覚えてないんだ」

 

父の言葉に、コォラは頷いた。

彼が来て今日で二週間。

最初話せなかった時と比べ物にならないほど、コォラは利発になっていた。

 

「覚えているのは、ここだけ…あとはぼんやりで、覚えてない」

 

「ぼんやりと…何を覚えているの?」

 

母が聞いた。コォラはちょっと思い出すように考えて

 

「みどり…あと、みず」

 

コォラは目を瞑った。

 

「ごぼごぼ鳴る所があって、沢山、いた。おれはそこをずっとみていた。

でも、形まで覚えていない…」

 

「ごぼごぼ鳴る所…もしかして、水辺の村から来たのかな?」

 

「でもこの近くには、湖も川も海も流れてませんわ。とても遠いし…

なにより、子供の足ではとても辿り着けるとは思えません」

 

「…わからなくてごめんなさい」

 

シュンとコォラは顔を伏せた。

フェヴァはよしよしと頭を撫でて、安心させるように笑った。

 

「だいじょうぶだよ、きっとコォラの両親が探しているはずだよ」

 

両親は困ったようにお互いの顔を見やった。

コォラを探す届出が無い事実を、フェヴァや子供達に教えていなかった。

聞いても理解出来ないだろうという理由と

本人が聞くとショックを受けるだろうという理由があった。

 

「だからそれまで、一緒にいようね」

 

フェヴァの屈託の無い笑顔に、沈んでいたコォラの表情に明かりが燈った。

 

「…うん。フェヴァが一緒なら、寂しくない。

ごしゅじんもおくさまも、おにいちゃんやおねえちゃん達がいるから…

全然、さみしくない」

 

そのままギューッとフェヴァにしがみつくコォラ。

もうこの行動に慣れてしまったので好きなようにさせておく。

寂しいんだなぁ…そう、子供ながらに気遣って…。

 







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