コォラとフェヴァの戦闘記

【出会い編】

 

 


第十話ーおかえりー



 

「止めろ」

 

低い、男の声が背後から聞こえた。

荒れた波紋が一気に沈静されるように、屋敷に立ち込めていた熱気が冷たくなっていく。

 

「これはお前の敵ではない。」

 

振り返えろうとすると、ふらついて後ろにひっくり返りそうになったが、

真っ黒なロングコートを着た少年が膝を折り曲げ、受け止めた。

真っ赤な髪に、やや赤いゴーグルをして顔を隠している。

フェヴァを抱きかかえていない手には、長い刀が握られ

切っ先がコォラの額に押し当てられていた。

 

「それ以上、大事な者を亡くしたくないのであれば

己を取り戻せ…枝硝子(エガラス)…」

 

「アアアアア、アアアアア……」

 

コォラの額から一滴血が流れる。

血走った瞳は突然現れた少年に注がれていた。

 

「落ち着くんだ」

 

「ァァッァァ……」

 

少年の言葉と共に、コォラの表情が変ってきた。

目の焦点が合ってくる。

コォラの目がフェヴァを捕らえて、瞬きを二度した。

涙が溜まっていたのか、頬に薄く跡をつける。

そのままゆっくりとフェヴァを見て・・・

そして誰だか分かったかのように「フェ・・・ヴァ・・・」と声を出すと

力が抜けたように、その場にガックリと膝をついた。

 

「よし。いい子だ」

 

少年は少しだけ微笑むと、今度はフェヴァを見た。

左顔面の裂傷が酷く、止めど無く血が流れている。

少年は刀を納め、懐から布を取り出しフェヴァの左顔面全体に押し当てた。

あっという間に布が真紅に染まる。

フェヴァの顔が痛みで歪んだ。

 

「痛いが、我慢しろ」

 

言われたので、頷いた。

顔を少し動かすと、コォラがこちらをみている。

視線が合うと、弱りきったように笑った。

 

「生きてる…んだなぁ、フェヴァ。俺、もう、助からないと…」

 

「うん。この血は……ママのだから…」

 

言っても……もう、泣けない。

涙が枯れてしまった。

 

「…その顔の傷は…」

 

「覚えてない、のか?

…お前がやった。この人が助けてくれなかったら、多分…」

 

「・・・え」

 

衝撃を受けたようにふら付きながら立ち上がる。

しかし脚に力が入らないのか、歩こうとして、ぺたんと腰が抜けたように座り込んだ。

 

「おれ、が…?」

 

髪をくしゃっと掴む。

血のシャワーを浴びている彼の髪から赤い液体がポタポタ零れ落ちた。

 

「…そ、うか。…頭が真っ白になって…

俺、フェヴァを殺すところだったんだな…」

 

「いいよ。別に…生きてるんだし」

 

嘘ではない。本心だ。

 

だが、コォラは苦しそうにフェヴァから視線を逸らした。

 

「ごめん・・・・・・・俺のせいだ」

 

「だから、気にするな」

 

「その傷だけじゃない。

折角、あいつら殺しまわって、やっと…帰れるって思ってたのに

よりによって、ここへ来て、主人も奥さんも…兄ちゃん達も…

俺が傍に居たら、皆が逃げる時間くらい稼げた…」

 

コォラの目に涙が溢れてきた。

 

「俺が殺したと同じなんだ…力があったのに…

ごめん……ごめん……フェヴァ…

こ、んなことになるなら、俺、ここに居るべきだったんだ…

護りたかったのに、俺は、皆を…

だから、あいつらを追いかけてたのに…なのに…

護れてない。何一つ、護るどころか、壊したんだ、お前の幸せ、俺が壊したんだ」

 

「…コォラ…」

 

「やっと、俺、思い出したんだ。

あいつらが俺に対して何をしていたのか…

どうして俺が、この町に来ていたのか…逃げていたんだ。

あそこは怖くてあそこは暗くて、俺、逃げてたんだ。

あいつらは追っ手だったんだ。

皆を殺したのは、俺のコピーだった!

もっと早く思い出していれば巻き込まずに済んだのに!!

もっと早く思い出していれば!!

俺は…もっと早く、ここから消えていたのに!!」

 

泣き叫ぶコォラ。

 

「…なくな、よ」

 

フェヴァは押し当てられている布と支えをどかして、彼の前に立った。

まだ止血されていない為、顔から流血し、胸に新たな染みを作っていく。

 

「泣くなよ。コォラ…」

 

色んな感情が頭の中をグルグル回っていた。

憎悪があり恨みがあり…だけど、確かなのは…

 

「お前のせいじゃない…から」

 

コォラは信じられないような目を向けた。

疑うような、怯えるような視線だった。

 

「フェヴァ…なんだ?それ…今…」

 

「お前のせいじゃない…と言ったんだ」

 

「なんだよ、それ…慰めているつもりなのか?」

 

「…いいや」

 

「じゃぁ!!怒鳴れよ!怒れよ!怨めよ!!」

 

屋敷が震えるくらいの大声だった。

上手く感情をコントロールできないのか、コォラは怒りに満ちたように目を吊り上げ

 

「俺を憎んでるだろう!?遠慮なく言えよ!!

 

ヤケクソのように言い放って…一度息を整えた。

 

「・・・・・・そう、言ってくれよ。フェヴァ・・・」

 

じっと、フェヴァの目を見つめる。

まるで、罪を与えられるのを待つようなコォラの視線に

 

フェヴァは笑った。

 

ああ、憎んでるさ」

 

待ち望んでいた一言だったのに…

傷を受けたように、コォラは苦悶の表情を浮かべながら

ぽろぽろと涙を流し始めた。

 

「この屋敷の人間、軍人、パパ、ママ、コォラ。

そして…僕自身…」

 

続きを聞いて、涙が止まる。

 

「…!?な、んで?」

 

「聞いたんだ。聞こえたんだ。

死ぬ直前にパパと軍人がコォラについて話していたことを…。

パパは……知ってたよ?お前が何者かを…

そして、それを承知で屋敷に住み込ませていたよ?

軍人も知っていたよ?お前の存在を…

この獣は、お前を襲うように仕向けていたみたいだよ?」

 

コォラは凍りついたように固まった。

逆にフェヴァは壊れたように…愉しくもないのに笑った。

 

「最初、聞いた時分からなかった。でも、今なんとなく分かった。

これは……予め計画されていた事なんだ。

逃げたのはコォラの意志なんだろうけど

ここへ来て、ここで暮らしていて…そこからは、ずっと決められていた事なんだ」

 

「決められていた…事?」

 

「そう。獣が沢山町に出ていたことも

コォラがそれを追っかけていった事も……

ただ、誤算が…ここにまで獣がやってきて、みんなを殺した事なんだろうね

だから、怨むなら、全員を怨む。

個人じゃない、僕を含めた…全員だ…

僕はお前を怨めそうに無い…怨めばきっと楽になるのに・・・

それが出来ない、俺自身も…憎いよ」

 

そこまで喋って、フェヴァはコォラの前で膝を突き、同じ目線になる。

 

「だから、コォラが……お前だけ、悪いわけじゃない。

僕は……お前を許す」

 

「フェヴァ……俺、は……」

 

「コォラが何を言ったって…僕はお前を許す。

他の奴が許さなくても、僕だけは絶対に許してやる。

お前自身が許せなくても、無理矢理にでも許させる。

もう、決めたから、何言ったって無駄だから」

 

「…っ!でも、でも…!!」

 

フェヴァはいつものように笑った。

笑うと、顔に激痛が走るが、どうしても微笑んでしまう。

 

「だってコォラは…俺の家族でもあるんだから…弟なんだから」

 

「っっ!!」

 

「大切なんだ、たった一人、生きていてくれた、家族…」

 

泣いてしまうのは、傷が痛いせいなんだ。

一人でも、家族が生きていてくれて、嬉しいから、泣く必要なんて無い。

涙が流れてしまうのは、傷が疼くせいなんだ。

 

「だから、許す……コォラ。もう、それ以上、自分を責めるな…責めないで、くれ…頼む」

 

「フェヴァ…」

 

コォラはそっと、フェヴァの…傷をつけた頬に触れた。

ぱっくりと切れている傷口から血が流れ、それが手に伝いコォラの腕にゆっくりと染み込む。

凄く暖かかった。

流れてくる血が、手に心地よい体温を伝える。

 

「あ、ははは。相変わらず、お前って時々…ほんと…ほんとうに……」

 

言いたかった軽口が、口の中で崩れてしまう。

溢れる感情が、言葉に出来ないほど強烈に体を支配する。

その代わりに、新たな涙がポロポロこぼれ始めた。

 

「……っく、ぁぁぁぁぁ」

 

そのままフェヴァを抱きしめた。

泣きじゃくりながら、必死にしがみついた。

震える体を温めるように……そして、自分から離れていかないように…

 

「ぅぁぁぁっっ…ゎぁぁっぁああああああっっ」

 

フェヴァはそっと抱き返し、コォラが泣き止むまで意識を保つつもりだった。

でも、目の前がなんだかぼやけてくる。

 

涙のせい……なのか…

 

でも、なんだか力が抜ける……

 

 

ぐらりと、体から力が抜けて、コォラに覆いかぶさった。

 

「…フェヴァ…?フェヴァ!!」

 

コォラが慌ててフェヴァの体を起こして上に向けると

彼の顔は青白く、薄く目を開けたままの瞳は視点があっていない。

 

「おい!フェヴァ!」

 

呼びかけても返事が返ってこない。

反応が全く無い上に、少し体が冷たくなっているような感じがする。

 

「嘘だろ、嘘だろ!?」

 

コォラは震えながら、フェヴァの体を必死に揺さぶった。

 

「しっかりしろ!」

 

「枝硝子!彼をこっちへ。

出血を止めないと失血死してしまう」

 

「起きろよ!起きろってば!!フェヴァ!

 

余韻を残しつつ、コォラの声がだんだん小さくなっていく。

 

「落ち着け!」

 

「しっかりしろ!フェヴァ!…死んじゃ、やだっっ!!目、…目をあけっっ…フェヴァぁぁ!!」

 

どうしよう…、なんだか、凄く、眠…ぃ…

 

 

 





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