懐かしいような、苦いような…そんな複雑な思いで、俺、牧田 北斗は目を覚ました。 「久しぶりに、懐かしい夢を見たな…」 今の夢は俺が小学4年生の頃、六年が卒業式の時にやっていたイベントを真似したものだった。 タイトル、大人になった自分へ 幼馴染の女の子と二人でどこかの土へ埋めた、まぁ若年にはありがちな、些細な思い出だ。 そういえば、もう一つタイムカプセルを埋めていた。そう、小学校の卒業式前日、一クラスでまとめて記念碑の下へ埋めておいて、時期がきたら掘り出そう…というものだ。確か、先月にそんな知らせが来ていた気がするが、行っていない。 というか、目にも通していないだろう。日時、場所、全て知らないのだから… 俺は大きく背伸びをして、冷たい外気に背中を一瞬晒した後、すぐにシャツを着て、セーターを着込む。ここは日本列島としては南側に位置している地域だが、冬はやはり寒い。これで雪でも降ってくれれば、雪だるまや雪合戦…とか、遊びばかりに考えが行って寒さを一時忘れるだろうが、南側のこの地域は滅多に雪など降らない。 降ったら振ったで色々困ったりもするのだが、そんな事、実際なってみないと苦労のくの字も浮かばない。 パチっとテレビをつけ、朝のニュースを聞く。モデル並の化粧を施した若いアナウンサーが次々と昨日の出来事と今日の出来事を伝えてくれる。世の中には殺人や不況が溢れているが、今の俺にはそんな事よりも今日の天気と気温が気になる。 寒ければ厚着を、暖かければ心持軽い服装で出かける事が出来る。 俺は一番気に掛かるニュースを待ちながら、軽い朝食をはじめる。湯気が暖かい白い飯を食っていると、自然に目がテレビへと向かう。食べる時は食べる事に集中する!と良く言われるが、テレビの前だと無駄だ。何せ、音や映像に注目して、食べ終わった事にさえ気づかない時が殆ど。 だから、俺はよく胃が悪くなる……自業自得だ。 今日も何気なくテレビを見ていると、卒業式の様子が報道されていた。最初は中学、そして小学と二校の映像が流れていく。 「もう、そんな季節なんだな…」 あと二年で大学卒業だ。それまでに就職だの論文だのが待っている。やらなければいけない事をざっと頭に浮かべて、眉間に皺を寄せた。考えるのは止めておこう。メシが不味くなる。 映像では卒業賞が入った筒を持って、皆校歌を歌っていた。 「懐かしいな」 俺の場合、卒業式…といっても、感慨も哀楽もあったものじゃない。 小学の場合、どうせクラスの殆どが同じ中学へ行くのだ、クラス変えで別れるだけだ…と、集まり「中学入っても一緒に遊ぼうな」と確認しあう友達を放っておいて、とっとと帰ったり… 中学の場合、仲の良い友達以外どうでもいいや。運よければ高校でも出来るだろう…と、やはりクラブや友達を放っておいて、さっさと帰ってゲームしていたり… 高校の場合は卒業後、皆県外へ出て行く奴らが多くて、流石に会えなくなってくる。それでも、携帯番号やメールを控えておけば何時でも連絡できる……と、平然と別れた 大学の場合、次が就職、が手伝って、旅行に行ったりとか遊びまくっていた。 一通り卒業式を思い出して、なんか青春を楽しんでいなかったような気になってくる。 「よく考えたら、なんでこんなこと思い出すんだろう…?」 頭を捻りながら、先ほどまで使っていた生暖かい布団を持ち上げベランダへ出た。天気が良いらしいので今日は干す。適当に手の平くらいの洗濯バサミで布団を固定して、俺は何気なく朝の景色を眺めた。 山がぐるりと遠めに見えて、その前にビルやら商店街やら、何処かの家やら、電柱やら電車やら…ごちゃごちゃした風景が目に飛び込んでくる。来た当初は新鮮な景色。だけど今は見慣れた景色。 朝の新鮮な空気をすぅーっと肺一杯に吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。白っぽい青の空に、出たばかりの白い息が混ざる。 寒い日の朝は、いつも飼っていた犬のことを思い出す。物心ついた頃から一緒にいた柴犬だ。寒いのが好きで、俺は嫌々ながらそいつと一緒に散歩をした。 俺が散歩の当番だった事もあるが、何よりそいつと一緒にいると楽しかったからな。一緒に寝たり、一緒に遊んだり……一人っ子で両親共働きな家庭だったが、そいつと一緒にいると不思議と寂しくなかった。 それに、散歩は大抵もう一人―――― 「北斗?」 幻聴か?誰かが俺を呼んだ気がするが… キョロキョロ左右を見回す。これで人が居たら驚くぞ。何せここは4階だ。 「北斗!!」 声は下から聞こえる。俺は布団を敷いている手すりに寄りかかって下を見下ろした。二十歳前後の女性で明るい栗色の髪と同じ色の目、ミルク色の短いマフラーに黒いロングコートを着て茶色いチェックのロングスカートを穿いている。 彼女は俺を見るなり「やっぱり〜!」と歓喜の声を上げてニパァ!と華がほころぶ様に笑った。 俺は目をパチパチさせながら手で乱暴に目を擦る。その後でもう一度下を見るが、居る。手を大きく振り、体を揺らしながら再度俺の名前を呼んだ。 間違いない、冨士谷 凛だ。 「北斗ぉ!元気ぃ?」 「凛!何でここが分かったんだ!?」 予期せぬ訪問者に驚きを隠せない。引っ越したと言うのをコロッと忘れていたのに…何故ここが分かったんだ? 「今日暇〜?」 「俺の質問を先に答えろよ!メールでもこの場所教えてなかっただろ!?」 「そーだよ。ひっでぇ〜!北斗の自宅まで行って一人暮らししてるって知ったんだぞぉ!折角朝一番の電車に乗ってきたのに、二度手間じゃないか!お陰でこんな二時間遅れに到着したんだからね!」 「悪かった、コロッと忘れてたんだ」 「忘れてたんじゃないよ、もー!ここ駅から遠いよー!後4時間で昼飯時間ー!」 手を合わして謝る俺に、凛は地団太を踏みながら怒りを表した。 「メールで来る事教えてくれてもよかっただろ?今から行くからー!とか。一々ここまで来なくても、駅から近い場所で待ち合わせとか出来たじゃないか?」 凛は「あ…」と口元を手で隠す。 「そうすれば良かった……忘れてた…」 首をギギギ…と横へ捻って、視線をあさっての方向へ向ける凛。俺は頬杖をつきながらそれを見下ろし苦笑を浮かべた。 「お前も、昔っから何か抜けてるよな…」 「北斗よりマシでーっす!」 凛はべぇーっと舌を出すと「で?」と言いながら首をかしげた。 「今日、暇?」 冨士谷 凛は俺と同い年の幼馴染だ。別名犬の散歩、もう一人の参加者とも言う。家が隣同士だった俺達はよく一緒に遊んだ。山で探索したり、川で魚つかみをしたり……中学まで同じ学校を過ごしたが、凛は高校を上がると同時に父親と共に引越しをした。理由は俺も知っている。離婚だ。彼女は父親の方に引き取られ、去っていってしまった。 県外の町へ出たので年に一回程度しか会わなかったが、お互いの趣味や思考がピッタリと合うので手紙のやり取り…今はメールに変わったが、お互いの状況や愚痴とかを言い合っている最高の親友だ。 俺は分厚いジャンパーを着て、首が寒くないよう深青のマフラーを巻きつけ、ニットの帽子を被って凛の隣を歩いた。駅には人が多く出入りし、電車に乗るために並んで待つ。これから数ヶ月ぶりに故郷へ帰還する。 電車がゆっくりと停車すると、俺は凛と共に中へ乗り込んだ。暖房が多少効いていて外よりは温いが、寒いという不思議な体感温度を感じながら、窓の流れる景色をぼんやりと見つめる。 凛は暇だと答えた俺に対し、開口一番に「じゃ、急いで故郷へ行こう!」と元気よく叫んだ。理由は降りてから、と言い切ったので急いで支度をして下へ降りる。 「おばさんの墓参りに行くのか?」 到着して直ぐに聞くと、凛は露骨に眉を潜めた。 「そんなくだらない用じゃないの」 ぷいっとそっぽを向いて、さっさと歩き始めた。 凛と凛の母親は異様に仲が悪い。悪いというよりも、凛が一方的に母親に嫌悪感を抱いている。何度か「何故か?」と問い掛けたが、凛から返ってくる言葉は ただ単に嫌い だと言うことだった。 そう、嫌いになる理由なんか無い。理由が無いのに、彼女は実の母親が嫌いだった。 そんな彼女の母親もつい最近病気で他界。だけど、おばさんはいつも凛を大切に想っていた。家の隣にずっと住んでいたから良く分かる。連絡を取っている事を知っていたおばさんは、俺に時々凛の様子を聞いてきた。拒否する義務も無いので、俺は聞かれるたびに答えていた。 だから、俺は未だに何故凛がおばさんを嫌っているのか、分からない…… まぁ、墓参りじゃないとすると、凛は一体何で故郷へ行くと言うのだろうか? 俺が不可解そうに凛を見つめていると、凛は「ぶふ」と噴出した。 「変な顔〜」 「なんだと!?」 握りこぶしを作り、凛の頭をコツンと叩くと、彼女はオーバーリアクションをして「ぎゃー苛めたー」と小さく叫んだ。 「ったく、行く意味が分からないから考えていたんだよ」 「あはは、ごめんごめん。そうだよね。イキナリで理由も何も言ってなかったね」 凛は笑いながら、視線を下に向けた。急に笑顔が消える。イキナリ落ち込みモードで俺は焦った。無言で彼女を見つめると、凛は「はぁ」とため息をはき俺を見上げる。 「最近何をやっても虚しくなるの」 「……はぁ?」 誰かに振られた〜とか、お父さんが怪我したーとか返答を考えていた俺は、肩透かしを食らわされた。 「なんだか、心にぽっかりと穴が空いた気分なのよね」 「鬱病か?」 「そーかもしれない」 「それと里帰りとどうゆう関係がある」 呆れたような視線を向けると、彼女も困ったような表情を浮かべた。 「タイムカプセルって覚えてる?」 「……タ!」 イキナリの発言に俺は言葉を失う。覚えているとも!今日の夢にありありと出てきた。正夢だったのか?と俺は首を捻りながら凛の話の続きを聞く。 「アノ頃のこと。あんまり覚えてないのよね、何を埋めたのか忘れちゃってるし」 「だから掘りだすのか?」 「うーん、それもあるんだけど。タイムカプセルについて強烈に覚えている事があるのよ」 俺はピンと来て、凛の言葉を遮って答えた。 「未来の自分に宛てた、一番大切なもの……」 「そう。そうなんだけど……」 凛は目を真ん丸くして俺を見上げた。何で覚えてるの?と不思議そうな視線が痛いほど突き刺さる。俺だって今日まで忘れていたさ。夢でみなけりゃ、今の凛との会話も雲を掴むような…チグハグな話になっているはずだ。 「よく覚えてたね!」 「そっちこそ」 「私今日部屋の掃除してて、大切なモノ箱っていう古い箱を見つけたんだ。そこにタイムカプセルを埋めた地図と、一言の感想が書いてあって、それで思い出したの」 ガザガザっと黄ばみ草臥れた一枚のメモ用紙を見せてくれた。折り目が深く、ミミズ文字のメモを凝視しながら片言で口に出す。 「えーっと、 『りん、わたし自身へ……このタイムカプセルは今のわたしの大切な宝ものがうめてあるば所がかいてあります!これをかならずほりだしてください!』 最後が笑えた。 『これはほくとちゃんとうめたこうふくの宝ものだからね!かならずだからね!めいれい!!』 命令なんだ。凛らしい」 肩を震わし噴出しながら笑いを堪えると、凛はむっとしながら草臥れたメモを俺から取り上げた。 「どーゆー意味よ!?」 ほんのり顔が赤くなっている。照れている姿が笑いに更に拍車をかけ、俺は電車の窓を支えにしてもう一度声を殺して笑った。 「ばっかじゃないの」 「ああ、悪い悪い」 凛がふて腐れる前に俺は笑いを消して、ごほんと咳を一度する。 「それで、凛はどこら辺に惹かれて堀にいくわけ?」 「惹かれてって、言葉の意味がちょっと違うんじゃない?」 まだ機嫌が悪いみたいだが、俺は苦笑を浮かべつつ「通じるから良いじゃないか」と答えた。すると凛は「くす」っと笑いながら口元を手で押えて「そーよね」と同意した。 「気になったのは昔の宝物と……幸福って言葉」 「……言葉?」 怪訝になりながら聞き返すと、凛はそっと車窓へ視線を向けた。虚ろで、モノ悲しげな視線を流れ行く景色に送っていた。突然元気から一変して落ち込んだ様子の凛に俺はまたもや戸惑った。 しかも、喋らねぇし…… こうしても埒があかんので、眉間に皺を寄せながら「凛?」と恐る恐る問い掛けると凛は苦笑を浮かべながら俺に向き直った。 「ああ、ごめん。急になんか考え事しちゃったよ」 俺の方へ両手の平を合わせて合唱し、軽く頭だけ上下に動かす。本当に鬱病にかかっているのかもしれないと思い、俺は思わず「大丈夫か?」と聞いた。凛はきょとんとして「何が?」と答える。 元に戻ってやがる上に、俺の心配をわかってねぇ… 「あーあ、そーかよ」 俺は渋い表情を作りながらけっとそっぽを向いた。 「ごめんって北斗。さっき私が鬱かもって言ったのが気になったんだよね!さっすがぁ!鋭い観察眼だ!北斗様!!」 慌てて愛想笑いを浮かべ、凛はよいしょと俺を持ち上げに掛かった。 初めから機嫌は悪くないが、すぐに良くなった風にするのも面白くない。俺はまだ機嫌が悪いように見せかけるため下目使いで凛を見返す。 「で?言葉って?」 「幸福ってのが、気になってね。ほら、最近虚しくなる……心に穴が空いたようになってるって言ったじゃん?」 「ああ、そう聞いた」 「色んなストレス解消方法を試してみたんだけど、効果がないのよ。だから」 「タイムカプセル地図の幸福ってのを探してみようと思ってたんだ」 「そう。まぁ、今も昔も私はあんまり変わってないけどね。それでも小さい頃の方が純粋でピュワだと思うのよ!」 力を込めて力説する凛に、悪気があってではないが、つい俺は水を指した。 「純粋とピュワは一緒だと思うぞ」 「そんな小さい頃に埋めたものって気になるじゃん?しかも私が必ずって言ってる辺り掘らないと祟られそうだし!」 「お前、自分で自分を祟るのか?」 「それに丁度掘り出す期限ぴったりでしょ?だから探してみようと決めて、北斗を誘ったの。あんたも一緒に埋めたんだし、協力してくれるよね!!」 俺の水差し二つを軽くシカトして、お祈りポーズをしながら『協力して』と無言の圧力を加えてくる。まぁ…今日は用事もなく暇だし、断る理由も無い……いや、厳密に言うと今更電車で引き返すのは金が掛かって馬鹿らしい。つまり、強制的に手伝わされることになったのだが、それを言うと凛はまたはぶてるに決まっているのでそれは心の中で溶かしておく。 「オッケーよね!」 了解の意味を込めて頷いた。俺の本当の心中を知らない…知ってて無視している可能性はあるが……凛は小さく拍手をしながら大ハシャギした。 「やったね!宝捜し探検隊結成!」 「なんなんだ、そのネーミングは……」 「今考えたんだ。良いネーミングでしょ」 ガッツポーズをしながら俺に向かって自信満々に言う。そんな姿に苦笑しながら、俺は「へいへい」と気の無い返事で誤魔化した。電車から見える流れていた風景がいつの間にか止まって、ガラス隔てた向こうに電車を待つ人が列を作って待っている姿があった。 「もぉ〜センスが分からないんだから」 凛もガラス隔てた向こう側を見つつ、一言不満を漏らす。 「はいはい」 相槌を打つように宥めると、凛はむーっとしながら俺を見つめる。そこからふっと柔らかく微笑んだ。子供のような嬉しそうな笑顔…それでいて、大人の女性として十分だといえる可愛らしさ。 「でも、ありがとね北斗、付き合ってくれて」 凛の言葉と同時にスライドドアが開き、一番乗りにホームに降り立った。俺はその後ろで待っている降りる人たちの波に一瞬飲まれながら、自分の頬を触ってみる。心なしか熱くなっているのは、気のせいではないだろう。 「北斗―!おっそいぞー!」 凛はなかなかこない俺に向かって呼びかける。俺は不機嫌そうに階段下で流れを塞き止めているように立っている凛を見やった。 なんか反則だ。親友としてではなく、異性だと再確認させられるような あんな綺麗な表情… 「北斗―!どーしたのー!?」 俺の気持ちを全く理解していない凛はのろまー!とかほざきながら両手をぶんぶん振っている。顔の火照りとか多少気になるものの、適当に言っておけばいいだろうと思い、俺は凛の傍へ歩み寄った。 急ぎ足風に見せないとまたぶちぶち文句を言うに決まっているので、心持急ぎながら… |