久しぶりに戻った来た実家の周辺は、大して変わっていないといえばそうともとれるし、ところどころ変わっているといわれれば、そうともいえる。 人間の記憶というのは曖昧だが、幼い頃、よく遊んでいた場所というのは割りと覚えているらしく、どこが変わったかという違和感を良く感じた。その分、時間が経過してるということだろう。 さてと、俺は凛と共にまずは地図に書かれている、下手くそな図形を眺めた。 何本か線が入り乱れている。これはきっと路だと思うが…目印になる建物の名前が書いてある四角が読みづらい。その四角の上には読める字で出発点と書かれていた。 そこから矢印が伸び、読めない、理解不能の文字が4本あった。 出発点:はざとぬ 一つ つぶくや げたくあ かえおわ かぎはみっつのうちのきに一つ かぎはめいけんのしたにたからばこをあける どうやらその場所へ向かわなければならない工夫をしていたようだが、肝心の文字が読めないとは、情けないやら悔しいやら恨むやら、複雑だ。 「ここまで下手くそだったか?俺の字・・・」 「ってか、これって当時流行った暗号じゃないかな?」 「暗号?」 聞き返すと、凛は「んー」と呻きながら、地図と位置関係をと脳裏に浮かばせつつ、俺の隣の家、つまり元・自分の家を示した。 「“はざとぬ”…って書いてあるから、もし当時の暗号なら二つ飛ばして読むから“ふじたに”。つまり、私の家が出発点ってことじゃない?」 「ああ、なるほど」 暗号か、当時ひとつ文字飛ばしとか、ぐるぐる文字とか流行ったなぁ… 感慨深げに頷きながら、俺は次の文字へ向かう。 「じゃ、“つぶくや”は“とぼこよ”……意味わかんねぇ…」 「とぼこよ…?えー…二つ飛ばしじゃないとなると…」 「じゃ、次の文字は…“がつこう”。学校、これは読めたな、小学校ってことだ」 「うんうん、じゃ、“かえおわ”は……“くあいん”…くあいんくあいんくあいんあいんいくあんいくあんいくあん…行く案?」 「おいおい、遊ぶなよ。つまり、“つぶくや”と“かえおわ”は二つとバシじゃないってことだろ」 「あ、そっか」 「じゃ、とりあえず学校へ行ってみる?もしかしたら運良く鍵ってのが見つかるかもよ?」 「そーかぁ?なぁぁんか裏がありそーだが?」 特に子供のころの凛がたくらんでそうだ。 「ま、行ってみましょう!」 意気揚々と歩く姿について、俺も歩いた。通いなれた久しぶりの道路。交通量が朝だけ多く、昼間は少ない通学路は健在で、タバコ屋の角を右に曲がり、少し進んで左に曲がり、開けた場所にある小学校へたどり着く。 桜の木を中心に大きな樹が校庭を囲うように生えている。裏庭にもあるが、木と呼ぶような立派なものはない、多分、何かあるならここだろう。 「この木のどれだと思う?」 凛は上を見上げながら俺に聞く。俺は少しだけ首を捻りながら、一本の木を示した。上りやすく湾曲した幹で、とても太い。その幹には枝を落とした時に傷ついたのか、上の方に空洞が出来ている部分がある。 「だから。もしあるならここだって思うけど」 いいながら俺は木に登る。この年で、この体重で、木が折れないか不安になるが、そう高くも上らないし足場も安定している。後は学校の職員に見咎められないうちに素早く行動を終わらせることだった。 久しぶりに上る木登りは、なんというか…懐かしいと思う。 懐かしくて、同時に体があのころの動きと少し違うことに気づく。たわ無い距離がいとも容易く届き、両手でつんぱって安定感がある。穴の開いた幹の入り口が狭く思え、指を伸ばしてみると、カサカサとした感触があった。 「凛!何かあったぞ!」 「え!ホント!?ごみじゃないでしょーね!!」 「それだと最悪だ!」 指を器用に動かして、中のカサカサしたものを引っ張り出す。昆虫でもないし、一見してゴミでもない。 それは銀紙を四つ折りに折っている小さな紙だった。幅があることから、中に何かあるだろうと想像はつく。 長い年月のうちに端はボロボロになり、銀の部分も色あせ、後ちょっと放っておけば朽ちているだろうと思えるほど、劣化が酷かった。 「どー?ゴミー?」 凛はあくまでゴミ宣言をしている。 まぁ、彼女なりに落胆を軽減しようとわざとそうおもっているんだろう。 俺は木から降りて、凛に渡すが、彼女は少し恐々しながら俺に返した。 「どーした?あけないのか?」 「あけて虫の死骸が出たらヤだもん。だから北斗が開けて」 「汚れ役は俺かよ」 「たのんます」 軽く頭を下げた凛に呆れながら、ゆっくりと銀紙をはがしていった。 凛が杞憂した虫の死骸はなく、代わりにメモ用紙のような紙が出てきた。やはり四つ折だった。 俺は紙を破らないよう慎重に広げる。 「ビンゴ!凛の字だ」 「え!貸して貸して貸して!!」 バッと俺から紙を踏んだくる。その勢いたるや、まるでバーゲンセールに発生するオバタリアンそのものだ。いつもの事ながら、かなり現金だな。 苦笑しながら凛肩越しにミミズ文字を見る。 『はたちのわたしたちへ あんごうわすれてるとおもうからヒントだよ ふたつてまえにもどる かぎはふたつのどっちか ガンバレ〜〜〜!!!』 うーむ。昔の俺たち、微妙に今の俺たちを読んでるな。 「二つ手前…かぁ…。んー。一つ読める“つぶくや”は“たばこや”だな」 「手前すぐそこのやつよね、昔よく覗いたところ。確かに大きな木があったわ。でも、もう一つの“かえおわ”は“けいうを”になるから違うわねぇ…」 凛は難しそうに眉間に皺を寄せて「うーん」と唸っている。俺もきっと似たような状態だろう。が、このまま考えてもらちが明かない。そう判断するのが二人同時だった。 「よし」 「よっし!北斗!とりあえずタバコ屋行ってみよう!」 「ああ、そうだな」 俺たちは駆け足でタバコ屋へ向かった。 タバコ屋の周りを木の柵が囲っている。敷地内の小さな庭に大きな木が生えているのが柵越しから見えた。俺も大分大きくなったと思ったが、この木も同じくらい生長しているようだ。目線が変わっていない錯覚を起こす。 昔ながらの佇まいで、今も日よけに赤い布が使われている。年季が相当入っており、所々色あせていた。レトロという風味もあるし、ただボロイという表現も出来る。 何も変わっていないような様子に思えたが、やはり時間と言うのは確実にあり、いつも座っていたおばあさんが消えて、歳がやや若いおばさんが座っていた。 「すいませーん。ちょっといいですか?」 「はいはい、なんですか?」 ハッキリいって見ず知らずに近いが、凛はお構いなしに尋ねる。多分、女の人だからだろう。これがおじさんなら俺が声をかけているだろうな。 「あのぉ、ちょっとこの木、見せてもらっていいですか?」 「ん?あの木かね?」 やはりおばさんは不思議そうに俺たちを見た。そりゃそうだろう、と俺は極めて平然とした様子で頷く。ここで焦ったり戸惑ったりしたら完全に怪しいからな。 「はい。実は私たちここの近所に住んでて、おばあちゃんが遊んでも良いよって誘ってくれて、昔この木でよく遊んでたんです」 「あら、そうなの?母がね〜…」 おばさんの態度がやんわりしたモノに変わった。どうやらあのおばあさんは彼女の母親らしい。懐かしい物に出会ったかのように、俺や凛を温かい目で見始めた。 凛は更に続ける。 「で、タイムカプセルってご存知ですか?」 「ええ……。おやまさか?あの木に埋めちゃったの?」 驚くおばさんに凛は苦笑を浮かべた。 「そこまで分からないんですよ。なんせ私たち、昔暗号作っていろんな場所へ行くようセットしたっぽくって、タバコ屋にも何かヒント置いたみたいなんですよ。だから、ちょっとだけでいいんです。木の周りをちょっとだけ見させていただいていいですか?」 「お願いします」 凛と同時に俺も頭を下げた。その様子におばさんはちょっと目を白黒させながら俺たちを見る。 そりゃそーだろ。タイムカプセル一つでここまで必死になっているんだから。 おばさんのため息が少し聞こえた。俺が顔を上げると、おばさんは店から出て柵と道路とを分けている鍵を開けてくれた。 「仕方ないねぇ…思い出したけど、あんたら牧田さんとこの北斗ちゃんと、冨士谷さんとこの子だった凛ちゃんだろう?うちの母とよく喋ってた…、こんなに大きくなって、しばらく分からなかったよ」 「あはは」 凛と俺が同時に照れ笑いを浮かべると、おばさんは庭へと俺たちを招き入れた。 サクっと雑草を踏む。雑草を踏むなんて久しぶりだ。 そして…俺は見上げた。昔と変わらず木が俺たちを出迎えてくれる。凛も懐かしそうに木を見上げて、すぐに調べるよう命令した。 「北斗北斗!上って上って!」 「はいはい…ったく」 俺は慣れた様子で木登りをし、やや中くらいの高さにある一番窪みを覗き込んだ。指を入れて探すと…やっぱなんかあった。取り出すと、最初見つけたのと同じ銀紙で包んだ何かで、俺は凛に「見つかった」と言いながら降りると、今度も掠め取られた。そしてなんの億劫もなしに銀紙を開けている。 中に虫がいるという意識は飛んでしまったようだ。 銀紙の中には紙があって、今度は俺の字が書いてあった。 『はたちのぼくたちへ やっぱりあんごうわすれちゃったの? りんちゃんのいうとおりだった こうえん なげだしそうかもしれないからもうこたえだしとくね がんばれ』 うわぁ…俺の昔って一体…。 完全に読まれてるんだけど… 「うわー…投げ出すって…」 一瞬だけ浮かんだ考えだったから、文字通り痛いところを突かれた。 「北斗ってぼけーってしてるわりに意外に閉めるとこでは閉めてるよね」 凛がバンと俺の背中を叩きながら、軽くウインクをする。 「よっし!じゃ、親切な北斗のメッセージどおり、公園へいこう!」 「ああ、あそこしかない」 「そうそう。それに隠し場所もあそこしかないわ」 お互い顔を見合わせ、にやり、と笑った。 「さ。秘密基地へいこう!」 「了解です!北斗隊員!」 軍隊みたいに敬礼をして、凛は嬉しそうに微笑んだ。 俺も、なんだか嬉しくなって自然に口元が緩んでいた。 まるで昔に戻ったような、そんな高揚感が体から沸き起こる。こんな気持ち、久しぶりだった。 おばさんに見つかったと報告すると同時にお礼を伝え、俺たちは公園へ向かった。
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