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公園のトイレからやや上に上がった場所に、崖を登るような斜面がある。実際、坂を切り開いて作った公園で、その崖の上にはまだ山の雰囲気が残っていた。といっても家々の隙間にある緑程度なのだが、それでも昔の俺たちにとっては、そこは一種の別世界で、様々な変わったことが発見できる不思議な場所だった。

俺らは二人で秘密基地というものを作った。

落ち葉を草の上に敷いてみたり、傘をいくつも集めて屋根を作ってみたり、蔦を木に結び付けて木の上に上がれるようにもしておいた。

それに俺ら以外にもそこに秘密基地を作る奴がたくさんいて、熾烈な陣地取り合戦みたいなのを夏に行った。水鉄砲や水風船で2グループ、3、4グループに分かれて大遊びしたものだ。

「ねぇ、北斗ぉ。上れそ〜?」

「ああ、なんとか大丈夫だ」

「よかった〜。でも私は最後ね」

「はいはい」

不審者よろしく、といわんばかりに俺らの行動はやっぱ少し怪しいように見える気がする。トイレの裏から崖へ上るのだが、道路に丸見えなのだ。こんな年にもなって凄い恥ずかしいんだが、凛の目というものがあり、彼女も上るから!という、必死の願いによって、俺は今よじ登っている。

凛のお願いがなくても、ここまで来たら上るだろうが、いかんせん、理由があったほうがいい。

それにしても、昔は相当距離があったような気がする崖だが、あんまりたいした距離じゃない。俺は3分程度で登りきり、下でぜいぜい息をしている凛の手をとって引っ張りあげた。

「ぁぅぅ〜。さんきゅーです、北斗〜」

「どーいたしまして」

四つんばいになりながらぜぇぜぇ言っている凛を放っておいて、俺は崖の上からの景色を堪能した。

思ったよりも景色が一望できる。

難点なのが、向こうからも丸見えってこと。下手したら不法侵入に思われそうだ。

「よし!OK北斗!いこう」

生気を取り戻した凛が俺の先に進み始める。回復が早い奴、と密かに呟きながら後に続いた。

少し歩いて、すぐに昔の秘密基地に到着する。

もう見る影も無く、なぁんにもない場所だったが、蔦を括りつけていた木が残っていた。さきほどのやつと比べるとかなりでかくて大きい。俺は見上げながら、上れるのかどうか不安になった。

凛を見ると、彼女は爛々な目をして俺を見ている。

が、今回ばかりは期待に答えられない。

「無理だ。枝が高いから台がないと無理無理」

「えー!!そこを何とか!昔はこれに上ったじゃない!蔓を巻くときに」

「ありゃ、台を数個集めて俺が下で支えて、凛が上ってくくったんだろーが」

「ぅぅぅぅ…。今北斗背ぇ伸びてるしさ!駄目?」

「無理無理、ほら、手すら届かない」

俺は木の幹に添って手を伸ばす。あと1人分ほど身長が欲しいところだ。凛はそれをみて悔しそうに唸った後、意を決したように俺にギッとした視線を向けた。

「じゃ!私が台になるから北斗!私を踏みつけて上へ上って!」

それは願っても無い仕返しチャンスっぽいが、俺は苦笑を浮かべてキッパリと断った。

「無理無理、凛程度の非力じゃ俺の体重支えきれねーって…」

「やってみなきゃわからないでしょ!」

「分かるっつーの。それよりも俺を台にして凛が上った方が良くねぇ?」

「えええええ!」

痴漢に合いましたといわんばかりの驚きようで、凛はバッと両手でスカートを押さえた。顔がトマトみたいに真っ赤になる。

「だ、駄目駄目!今日スカートなのよ!ロングでもみ、見えるじゃない!」

「おい、凛」

呼びかけるが、凛は完全に混乱したような顔でスカートをぐっと抑えながら汗たらたらでわめく。

「今日生パンなのよ!!ロングだからって思ったからスパッツもストッキングも何も上に穿いていないからぱ、ぱっぱパンツ完全に見えちゃうじゃない!」

「落ち着け、頼むから落ち着け」

これじゃ、俺が変態行為をしているじゃないか…。

思わず周囲に誰もいないか目で確認する。聞かれてたら警察に通報されてしまう。

「北斗だって、女の子のパンツとか好んで見るでしょ!?」

 

それを女のお前がいうか!?

 

一瞬、ほんの一瞬、俺はそういいたかったが、ぐっと堪えて、出来るだけ興味が無い素振りをしながら呆れたような口調を作った。

「見ないって…ったく、第一凛のパンツみたって面白くもねぇっての」

「なによそれーーー!!」

今度は別の意味で怒鳴った。

「なにその言い方!まるで私が女じゃないって言ってるようなもんじゃないのーー!!」

「……。あー。そうだよなぁ…。パンツ気にするんだから、女だったんだよなぁ…」

「ぅっわ!!ムカツク!ムカツク!!その間、むかつくわ!!ちょっと北斗、そこで椅子になりなさい!踏みつけてやる!!」

「はいはい…ぐぇっ」

ホントに遠慮なく踏みつけてくれた。全く、女って分からねぇ生き物だ。最初やりたくないって言っときつつ、結局は出来る。凛はその代表みたいなもんだ、ほんと…。

「ちょっと!やっぱ高さ足りないじゃない!」

凛がわめく。こっちは四つんばいの台になってるんだから背中で騒ぐな、振動が痛い…と言いたかったが、そんなことを言えば逆にもっとダメージが来るのでぐっと堪えた。それよりもこの体勢で届かないってのは厄介だ。

かくなる上は…

「凛、ちょっと降りて」

「ん?」

凛は素直に降りた。俺は立ち上がってどのくらい届かないのか聞いてみると、約腕の長さだと分かった。

「あとちょっとなんだけどねー」

「うーん」

二人して考えると、凛が閃いたように顔を輝かせ、俺に人差し指を向けながら強気な発言をする。

「北斗、おっぱして」

「は?」

 

何をいったんですかこのお嬢様は?

 

「おんぶ。そしたら届きそう」

「おんぶ…ねぇ…。それは別にいいけど、そっから登れるのか?」

「そっから…北斗の頭を踏み台にして上るわ!」

「おいおい…」

 

容赦ない発言してくれますよ、ホント

 

苦笑いする俺に、凛は頷きながら俺の背中に回りこむ。

「マジデやるんですか?」

「当たり前よ!ここまで着たらもうとことん使える手は使うのよ!さぁ!北斗!!」

「へいへい」

俺が少しかがむと、凛がどさっと俺の背にもたれた。

ハッキリいって、こいつ胸でかくなったなぁ…。

背中に当たって気持ちいいというかなんというか…って違う!ばれたら殺されるから考えるのはやめよう。

とにかく俺はリンをおんぶしつつ枝に向った。凛は片手を伸ばしながら必死に太い枝を掴んだ。ここから枝に飛び移ろうと、俺の肩と頭を踏みつけて、宣言したとおり踏みつけて木の幹にしがみついた。

その時スカートが俺の上を掠めるが、中を覗く余裕は無い。何しろ一瞬だが後頭部を靴で踏まれた。地面しか見えない…。

 

つーか、お前女だろう?もっと丁寧に上れよ

 

「やった!北斗――!やったよーー!」

内心の怒気に気づかず、凛は幹にしがみ付いたまま歓喜の声を上げている。その姿はまるで猿だ。

まぁ、あの年でこの身軽さは拍手してやってもいい。

完全に女捨ててるよな、あいつ…

 

「良かったな。で、どうだ?あったか?」

「ちょっと待ってね」

リンは少しだけ体を伸ばして、幹の窪みを覗き込む。そして指を数本入れて中から銀紙を取り出した。

「あったみたい」

にかっと笑う顔は昔のままだ。

「おおお!やったな!」

俺が両手でメガホンを作りながら言うと、凛はピースをして銀紙を触りつつ「?」と浮かべる。

「どうした?」

「銀紙の感触がちょっと…開けてみるね」

言いながら凛は器用に銀紙を破いていくと、中から一つの鍵が見つかった。おもちゃの南京錠の鍵だ。凛はそれをみながら、破いた銀紙を丁寧に広げる。

「あれ?ねぇ、北斗」

「どうした?」

「鍵だけで、メモがないのよ…どうしよう…」

「え!?……うーん」

鍵だけでメモがない。つまり…

「つまり、最初の四行は鍵についての暗号で、最後の言葉は宝箱の位置って事かだよな」

「最後の言葉ってなんだったっけ…?」

「かぎはめいけんのしたに、たからばこをあける」

「めいけんのした…めいけんねぇ…」

言いながら凛が幹から降りようとした。

彼女の背だったら少し降りたらあとは飛べばなんとかなるだろう。だが、若干の不安を覚えたので、俺は木の下に立ってじっと見ていた。

断じて、ぱんつ目当てではない。

「めいけんって犬、だよっっっねぇ!?」

「凛!?」

不安的中、案の定というか、凛は手を滑らせて背中から落ちてきた。

「ぐぇ!?」

通常なら凛の背中が地面に当たるだろうが、俺が気を利かせて凛のクッションになってやったため、俺の背中が地面に激突した。

人一人分プラス重力プラス草の地面はかなり痛いです。

一瞬息に詰まった。

 

 

 

 

 

見る気はなかったが、上を見上げる。

木の木漏れ日が見える。

 

あれ?

 

俺、前にもこんな痛みと景色を体験したような…

 

“りんちゃん、危ないよ!”

“ほくとちゃんがしっかり支えておけばいいでしょ!?…きゃぁ!?”

“りんちゃん!“

 

 

確か、凛が落下してきたよな…

俺の上に

 

わん!わん!

 

“ぅわぁぁぁぁぁん!”

“ほくとちゃん!ほくとちゃん!ごめんね!ごめんね!!”

 

 

そうだ。

そして、泣いている俺と凛を親が迎えに来て…

 

 

“レッシーが呼ぶから何事かと思ったぞ”

 

わん!わん!

 

 

そう…その時確か、タイムカプセルを埋める場所を探している最中で

 

 

“やっぱレッシーが一番頼りになるよね”

”うん、ほんとだね!”

 

 

庭の犬小屋をのけて、その下にカプセルを埋めることにして…

 

 

“じゃ、ここにしよう!”

“そだね”

 

“レッシーがまもってくれるよ!”

 

 

 

「きゃーーー!!北斗!大丈夫!?大丈夫!?」

 

凛が慌てふためいた表情をしながら俺の上からどくと、すぐに俺を起こした。俺は背中の痛さにうめきながら、じじいのように前かがみなって背中を手でさする。

「ぐぅお!いってぇ…ぇ」

「ごめん!背中、大丈夫?大丈夫?」

心配そうに俺を覗き込む。

 

ああ、あの泣く前と一緒の顔だな…。

 

「凛」

「どしたの?痛い?病院にいく?」

「いや、凛の重さ程度じゃ大丈夫。それより、思い出したぞ、タイムカプセルのこと」

「え!?ほんと?」

「ああ!全て思い出せた。タイムカプセルは、俺の家の庭だ。レッシーが居た、場所の下だ。その鍵は…多分、ここまで回らなくても多分手に入ったぞ?しかも簡単に」

「え?簡単って……」

「思い出さないか?凛。お前の提案なんだぜ?」

凛は少し考えて、思い出せないといったように首を捻った。

俺は立ち上がる。

「まぁ、いいさ。多分、昔の俺がタイムカプセルにその理由を書いてるはずだ。全く、ホント遠回りだったぜ」

「ちょ、ちょっと北斗?あんた1人で何納得してんの?私にも教えなさいよ!」

先に歩く俺の腕を凛が掴む。機嫌が少々悪そうなその顔に俺は言ってやった。

「怨むんなら、昔の自分にしろよ?」