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まるで全ての謎が解けたかのような、意気揚々とした足取りで我が家へ向った。

俺のやや後ろで不可解そうな表情をした凛がついてきている。時折俺を覗き込むような仕草をしながら「鍵?」と首を捻り、自分が登って取ってきた鍵を見る。

「ねぇ北斗。どうゆうこと?」

「なぁ、凛。お前が提案したんだぜ?手っ取り早い鍵の隠し場所」

「あたしが?」

凛は考え込むように顔を伏せて眉間に皺を寄せた。

 

マジで忘れてんのかな?まぁ、俺の人のこといえないけど

 

「ほら、俺もお前も、子供ながら全然大人の自分を信用していなかったじゃないか」

「うん。絶対に忘れるって思ってた」

「もし、忘れたとき、ショックだろ?昔の俺たちの本当の宝物がなくなるんだぜ?」

「うんうん。そう思ったような気がする」

俺の家に到着した。

そういえば、俺、地元に帰ったっていうのに親に顔見せていない気がする。

一応、声かけたほうがいいのかな?

ちょっと迷ったが、後で良いかと思い、庭に来た。あの頃あった犬小屋の位置は青々とした短い草が生えている。

「よし、ここだったな」

俺はそこら辺にあった適当な平べったい石を拾ってガリガリ土を掘り始めた。

凛もそれに習って、適当な石で穴を掘る。

時折、俺に何か言いたそうな視線を送るが、終始無言で穴を掘っていた。

 

カツン

 

「!?」

10センチほどの深さで、石に硬いものが当たった。俺と凛は顔を見合わせて、石を投げ捨て手で更に土を退けていくと、古びたお菓子の缶が出てきた。

当時は大きく見えた缶だったが、それほど大きくないクッキーの缶。

間違いなく、これがタイムカプセル。宝の地図が示していた宝箱だ。

「やっったぁぁぁ!!」

凛はおおはしゃぎしながら缶の頭を撫でて土を払う。

「あったね、あったね北斗!!よく残ってたもんだよ!」

シャキンという効果音が出てきそうなほどの勢いで、凛が例の鍵を取り出した。

「さぁ!!この鍵を使うときが来たのね!約10年ぶりの禁断のお宝、拝見しましょう!!」

 

テンション上がりまくってる

 

俺は苦笑しながらツッコミを加えた。

「お前、ほんっっとーに、忘れたんだな。よく見てみろ、鍵穴、ないだろ?」

「ん?ホントだ。じゃ、缶の中かな?」

「さて、どうかな」

俺がさび付いた缶の蓋を開ける。意外にすんなり開いてくれた。

凛は鍵をスタンバイしながらウズウズしている。どうやら南京錠を思い浮かべているようだが、残念、はずれだ。

やっぱ、覚えていないんだな〜。と俺は苦笑する。

「はれ?」

肩透かしの声を上げる凛。それもそうだろう。缶を開けるとビニール袋があり、その中にカセットテープが一つ、手紙が二枚は入っているだけだ。

「あっれ〜?」

凛がゆっくり取り出し、不思議そうにビニールを見て、口をあけた。パッと見て、劣化していると思えないカセットテープと手紙二枚。一枚は封がしてあって、もう一枚は封がしていない。

俺は苦笑しながら封のしていない、ピンクの手紙を読むように言った。

「最後にもう一度言っとくけど、その案は凛が考えたんだからな」

「んもー。どうゆうこと?」

凛は不満の声を上げつつ手紙を読んだ。

 

『大人になった私達へ

 

なんだか暗号すら忘れてたらどうしようって思ったから

鍵をかけるのをやめました

忘れてたのに、偶然見つけて、鍵ついてて開かなくて、それで捨てられるのは嫌なのと

あけようとして開かなかったら悔しいって思ったのでそうしました

めんどくさいので地図にはそれを書いてません

どうせ探さないかもしれないから、それでもいいっかな〜?って思います

もし、大人になった私達がこの手紙を読んでいたら一言言います

手間かけてごめんなさい

忘れたバツだと思ってください

見つけてくれてありがとう

 

りん』

 

 

読み終わって、凛は手紙をゆっくりと封筒に入れながら引きつった笑顔を浮かべた。

「してやられたわ…」

「ご愁傷様」

俺は心底疲れたようにいうと、彼女はううむと唸った。両腕を組んで感心したように首を上下に揺らした。

「自分で言うのもなんだけど、子供って妙に侮れないわね」

 

特にお前がな…とはいわないでおいた。

 

「それについては同感…じゃ、タイムカプセルを拝見しちゃいましょう」

缶ごと持ち上げると、凛もそれに続いて立ち上がった。

「そうね。中身については覚えてる?」

「いや。全然。凛、俺の部屋行く?」

「うん行く行く!物置になってなきゃいいね」

 

う。痛い所を確実に突いてくれる…っ

 

とりあえず、家に入るとお袋がいつの間に帰ってきてたの?とか凛への挨拶とか世間話とか長くなりそうだったので、適当に切り上げて俺の部屋へ向った。

久々に入ったが、一応掃除はされているようで、埃はない。ラジカセを床に置いて凛に向き直った。彼女は俺のベットをソファー代わりにし、お袋が用意したお菓子を膝の上に載せてボリボリ食べながら寛いでいる。

一応他人の家なんだからもっと遠慮してほしいものだ。

「じゃ、凛。どっちにする?」

俺の字が開いてあるカセットテープ。凛の字が書いてある手紙

「北斗の!」

凛は迷わず即答でカセットテープを選んだ。

 

俺のかよ!!

 

「まずは北斗の憂い懐かし幼年時代の宝物を試聴しようじゃないの」

「はいはい…ったく」

どっちが先でも良かったが、悪態をつくフリをして俺はカセットテープを入れ、スイッチを入れた。

しばらく小さな雑音があり、そして

 

『え、えっと』

 

変声期前の、俺の声が聞こえた。

 

『凛ちゃんと僕のタイムカプセル。宝物ってことで、僕の宝物はー―−―』

 

わん!

 

犬の声がする。姿が浮ぶ。仕草が、様子が、顔が、走りが、大きさが、脳裏に鮮明に思い出す。

 

「レッシー…」

 

『僕んちの名犬、レッシー。ほら、レッシー…ワンワンワンワンワン。もー。何か言う前に吼えちゃ、ワンワンワンワンンワ』

 

「あ、はは。懐かしー…」

「ああ、そうだな。凄く、懐かしい…」

 

声と吼える声が重なって何を言っているのか分からないが、俺は耳を傾け真剣に聞いた。脳裏に徐々に蘇ってくる記憶が鮮明だった。とても信じられない。

レッシーが老衰で死去してから、それほど思い出すことがなくなっていた。

なのに、声を聞いただけで、塞がれていた記憶が一気に溢れてしまうなんて…

過去の出来事なのに……カセットテープから聞こえてくる音は、まるですぐそこに自分とレッシーがいるような錯覚に陥る。

わずか15分の内容。

意味がない内容。

雑音と慌てながらも楽しそうに笑う子供の声と、やかましいほどの吼える犬の声…

 

それだけの内容が、こんなに、俺、感動できるなんて…知らなかったなぁ…

 

テープが終わって、凛が満足したようにテープを巻き戻した。

「まぁ、私も声とって貰えばよかったな〜」

ちょっと残念そうに言って、「次は」と手紙に視線を向けた。顔が少しだけ、こわばった。

手紙のタイトルは一番の宝物…

「凛?」

俺が呼びかけると、凛は意を決したように可愛いシールの張られた口を丁寧にあけた。

中には二枚の手紙と一枚の写真。

否応に写真を真っ先に見て、凛は固まった。食い入るように写真を見つめ、そして

「凛?」

一筋の涙を流した。

「どうした?写真に何が?」

横から覗き込む。

写真には昔の凛が写っている。凛の父親も彼女を抱きしめるように写っていた。そして母親も凛をしっかり抱きしめ、凛は母親の頬に自分の頬をくっつけながら満面の笑みで写っていた。

仲の良い、家族写真。

「な、んだ。私、お母さんと仲、いーじゃん」

鼻声になりながら、凛は笑うように呟いた。

「宝物、これ、家族写真。今の私じゃ、ありえないよ。あのヒト、どうして、私、嫌いになったん、だろ…」

頬が徐々にぬれていく、俺はただ見ていることしか出来なかった。

「ねぇ、なんでかな?北斗。これ、見てると、どうして嫌いになったのか、わからない。どうして好きだったのか、分からない…」

写真を食い入るように見つめながら、凛は鼻をすすった。

「手紙は?」

「そうね」

軽く鼻をススって、凛は手紙を朗読し始めた。眼球が右から左に動く。

俺は凛が読み終わるまで、手紙を覗くこともせず、ただ彼女の表情を眺めていた。

時折止まったり、まぶたにじんわり涙が溜まり始めたり、それを指で拭き取ったり…その仕草をずっと見ていた。

こんな凛の表情、あまり見たことがない。

泣き顔って、女でも男でも割とグチャグチャに見えるものだ。顔が赤くなり、鼻は真っ赤、目は充血、鼻水が鼻の穴から出てくるなんて情けない姿、知り合いじゃなければバカにしながら笑うだろう。

だが、凛は違う

とても綺麗に見えた。泣いているのに、まるでドラマの女優のように、とても綺麗に泣いていた。

「ん、北斗」

読み終わったのか、俺に手紙を手渡してきた。

「読んでもいいのか?」

「うん、いーよ」

 

 

 

 

『未来のわたしへ

 

りん、私の宝物は家族です

この間、おじいちゃんが死んだの

会えなくなるってぱぱいってた

だけど、おじいちゃん、写真嫌いだからほとんど残ってないって言ってた

写真って大切な思い出なんだって

タイムカプセルにピッタリだよね!

写真にしよう!って決めて、私、考えたんだ

ぱぱとままとりんでとった写真を埋めようって!

宝物にしよーって思ったんだ

だから、バレたら怒られるけど、こっそり写真とってきちゃった

本当のぱぱとまま入れたらあえなくなるから写真で我慢したの

ぱぱはね、とーってもやさしいんだよ。大人のりんにもやさしいかな?

ままはね、料理がとってもおいしいの。

いつも残さず食べると偉いねぇっていってくれるのよ

それでね、いつか私もままに料理をつくってあげるって約束したの

ちゃんと果たせたかな?

きっとりんは料理上手になってるの

そしてままとぱぱに振舞うの

結婚もして、もう子供いるかも

そしたら見せるんだ、これ

きっと楽しいよね

 

じゃ、大人のりん。この写真、あげるね』

 









すっかり日が暮れた。

綿飴のような雲が夕日に照らされ、空に浮んでいる。山の上にある、高台の墓地の端にある崖からは町が一望できた。町は夕暮れに染まり、ほんのり桃紫色をしていた。

遠くの海に日がゆっくりと目に残像を残しながら沈んでいく。

風は冷たい。

だが、穏やかに吹く

 

俺は崖のすぐ後ろに設置されている転落防止用のブロックに腰を置くように寄りかかり、買ったばかりの熱い缶コーヒーをチビチビと飲む。

その横で、同じくブロックに両手を預け、前かがみになるような体勢で町を見る凛がいる。彼女も若干手をブロック先に出し、熱々の缶紅茶を飲んでいた。

どちらともなく、会話が途切れ、続かない。

 

俺は、まだ自分の体から微かに薫る線香の匂いを嗅ぎながら、手紙を読んだ後を思い出した。

 

 

「北斗!付き合って」

手紙を読み終えた俺に向って、唐突に凛は叫んだ。真剣な表情をして食い入るように俺を見つめる。

「…なにを?」

「あの人の墓参りにいく」

「今から?」

「そう、今から…。お線香を買って、水を買って…少しでいいの、付き合ってよ」

俺はすぐに頷くつもりでいた。だが、凛の必死に懇願する姿に一瞬、言葉を失ってしまった。

いつも元気の良いアイツが、こんな切ない表情をするなんて、知らなかった。

「頼むから」

「あ、ああ、わかってる」

二度目に懇願され、俺はやっと言葉を出すことが出来た。

「ありがと」

「どーいたしまして。で、墓の場所は知っているのか?」

「…うん。一応。この町、母さんの実家があるから、そこに入れてもらってるって、父さんから聞いたわ」

「そっか…ここから近いか?」

「うん、山の上だよ」

ああ、と俺は頷いた。その付近には広い墓地があった。俺の実家もそこに先祖が眠っているので夏になると墓参りに戻って来いと喧しいものだ。

いつもは怒られながら上るのだが、今日は、不思議と進んで行こう・・・という気になっている。

「じゃ、行くか」

「うん」

返事に合わせるように凛が微笑んだ。

 

 

「ねぇ、北斗…」

 

俺はイキナリ呼びかけられ、現実に引き戻される。

少しだけ珈琲を誤飲させ、蒸せながらも「なに?」と声をかけた。

「私さぁ…母さんが死んだって聞いて、悲しかったのかなぁ?」

まるで自問自答のような静かで抑揚のない声だった。

「嫌いになった原因。全然思い出せないけど…でも、昔は好きだったから…ショックだったのかなぁ?」

凛の声は少し震えていた。

「亡くなったって父から聞いても、ふーん、くらいで終わってたのに…」

「凛」

「バカだよねぇ。私…、今更、もう一度逢って話をすればよかった、とか…。思ったりしちゃって、さぁ…。お葬式にも欠席したし、手紙とかも読まずに破り捨てちゃったし、母さんの存在、完全否定しちゃったから、私、あの人の形見なんて、なにもないの…。私、馬鹿じゃん。どーして捨てたのを後悔するんだろ。なんとも思ってなかったのに、どーして…」

凛の言葉が止んだ。

嗚咽が聞こえてくる。俺はそっと凛の肩に手を当てた。

か細い肩だった。

「なぁ凛。本当になんとも思ってなかったら、あの手紙を読んだ時点で…いや、あの写真を見た時点で、お前きっと…バカにして、捨ててたと思うぜ。こうして、おばさんの墓参りをしよう、なんて言い出さないはずだ」

「北斗…」

目から涙を流しながら、凛はこっちを見た。

夕日に染まっている彼女はとても輝いて見えた。

綺麗だ

俺は思わず微笑んでしまった。

「だから、お前、本心はずっと、おばさんが好きだったんだよ」

凛は何も言わない。

「忘れてしまっただけだったんだ」

「怒ってるよね、母さん…。親不孝な娘だって」

凛からは悲しみしか浮んでいない。

俺は、同情とか、慰めとか一切考えず、おばさんとの会話や凛に対する想いに対する印象を口に出した。だからこそ、きっぱりと言える。

「いいや、多分、喜んでいるよ」

「北斗…」

「娘が墓参りに来てくれたって、すげぇ、喜んでるよ。そーゆー人だろ?おばさんって」

「っ!北斗…」

凛は積を切ったように泣き始めた。嗚咽を抑えることなく、溜まっていた思いをぶつけるように俺の胸で泣いた。

傍から見たらラブドラマだろうが、実際のところ、凛の涙や鼻水や唾液は全て俺の服に擦り付けられている。通常ならお断りだが…

俺はため息をついて苦笑した。

 

まぁ、今だけは勘弁してやろう…